人間化の呪術
「んなぁ~、んなぁ~」
小さな羊が甘えるような鳴き声で俺の足下にすり寄ってくる。
「モココ……」
黒く染まった子羊は、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
この色は黒い雨に打たれたからで、元々は白い毛並みだ。
「二度目の呪い、か。獣人化を解除する呪術……」
俺はモココの小さな身体を抱え上げる。モココは俺の腕の中で大人しくしていて、時折俺の顔を舐めてきた。
もう呪術の雨は止んでいる。地面には元の獣の姿になった者たちがうずくまっていた。
「動物を人間の姿にしたら使えるかと思ったのに、これじゃあとんだ役立たずだよ」
ラステンが近くにいた山羊を蹴飛ばす。
山羊は驚いて立ち上がると、森の方へと逃げていった。
「戦いは数だと思ったが、それを指揮する奴がいなければただの烏合の衆だなあ」
ラステンは首を振ってボキボキと音を鳴らす。
「この呪術、肩がこるんだよね」
肩をグルグルと回し、近くの獣たちに八つ当たりの蹴りを入れていた。
何頭かの獣を蹴っ飛ばすうちに、獣たちも流石に身の危険を感じたのだろう。どうにか意識を取り戻した奴は、起き上がって逃げていく。
「おいラステン」
「ああ?」
俺はモココを地面に下ろし、後ろに逃げさせる。
モココは何度となく俺の方を見るが、そのうち草原の方へと走り去ってしまった。
「お前の兵士はもういないぞ。仮にいたとしても俺が無力化してしまうがな」
「ほざけ。ボクの兵士はいくらでも作れるんだ! この呪術の力で、使えない奴をどんどん消耗させて、新しい奴を生み出せばいい!」
「結局それでも俺一人に勝てなかったじゃないか」
「ぐっ、いや、判らんぞ。まだ世界には動物どもがごまんといるからな! それをけしかければ、いくらお前だっていつかは敗れる!」
「さてな、試していないから判らないが……」
俺は剣を抜き払ってラステンをにらむ。
「そうならない方法は判っているつもりだ」
俺はゆっくりと歩き出し、ラステンとの間合いを計る。
「どういう方法だというのか……面白い、やってみるといい!」
「ああ、そうしてみようかね。Sランクスキル発動、超加速走駆! 一気に間合いを詰めるっ!」
俺は瞬時にラステンとの距離を縮めた。
「は、速っ……」
「Sランクスキル発動、剣甲突! 突き抜けろっ!」
俺の発動したスキルでラステンの身体を串刺しにする。
いや、串刺しにしたと思った。
「危ない危ない」
ラステンは雲のように身体を散らして、散った煙がまた別の場所で集まって身体を作る。
「ちっ、またか」
どこを切り落としても煙のように消えてしまう。
そして何食わぬ顔で現れるのだ。無傷で。
「お前だってなかなか扱いづらい相手だぞ、ラステン」
「それはどうも。でもボクはそんなに力を持っている訳じゃないから、そこは自分の強さを理解しているよ」
「で?」
「無理にボクが戦闘を仕掛けるという事はないっていうわけ」
ラステンは地面に手を付くと大きな塊を引き抜いた。
「さあボクの兵隊たち! あいつをやっつけてよ!」
地面から掘り起こされた連中。それはブヨブヨとした皮膚がヌラヌラとした粘膜で覆われた、人間の姿をした巨大ミミズ。
「虫までも人間化できるってのか!」
「そうだぁ! 生き物はなんでもボクの兵隊にできるんだぞ!! 行けっ!」
ヌメヌメウネウネした奴らが、俺に向かって歩き出した。