黒雨
死屍累々、いや、寝っ転がっている獣人たちが草原を埋め尽くしている。
「こいつら、本気で戦っているのかっ!」
ラステンは地団駄を踏みながら一人で吠えていた。
「周りにいた獣人兵士たちは全員俺に突撃して、返り討ちに遭ったんだ。これ以上の事はもうできないぞ」
「ぬっ、くく……」
ラステンは倒れている獣人たちを確認しようにも、獣人たちは俺の近くにいる。ラステンが獣人に近付けば俺との距離も縮まるという事。
俺との直接戦闘を望んでいないラステンは、それが怖くて獣人たちの様子すら見ることができない。
「さてと、茶番もいい加減おしまいにしよう」
俺は戦場に響き渡るように、腹から声を出す。
「獣人たちよ!! 獣の姿に戻り、森へ逃げ込めっ!!」
俺の声が行き渡ると、倒れていた獣人たちが身体変化を始め、山羊や鹿や牛の姿に戻っていく。
「なっ、やはりお前ら!」
「ラステン、今さら気付いたところでどうにもならんぞ」
「そ、それはどういう事だ!」
「お前になにを吹き込まれたのかは知らないが、もう獣人たちはお前からの束縛から解放され、自由になったんだ!」
「な、なにを馬鹿な……。ボクの呪術は完璧だ……」
ラステンは両手を上げて手のひらを空に向ける。
「獣人化の呪術で人間の姿になれる恩恵を今まで与えてきたのに! この恩知らずどもがっ!」
ラステンが上げた両手から、まがまがしい黒い雲が湧き出してきた。
「なんだ……この悪寒のするような雲は……」
雲が一面に広がり、黒い雨を降らせてくる。
「ぐぎゃぁ!」
「ぴぎぃ!!」
獣人たちが黒い雨に打たれると、悲鳴を上げて倒れていった。
身体変化で獣に戻った連中も、苦しそうにもだえている。
「ゼロの……殿様……」
「モココ!」
グレフルに肩というか背中を借りて、モココが小屋から出てきた。
「安静にしているんだ! この雨は危険だ!」
「これは、あっしたちが羊人間になった時の呪いの雨でやんす……」
「そんな事はいいから、濡れないようにして隠れるんだ!」
俺は自分のマントをモココに被せて、雨に当たらないようにする。
「獣人化の呪い……。一度の呪いで、あっしら獣は人間の姿へ変身する事ができたんでやす……」
ラステンが言っていた、呪術。
それがこの黒い雲、そして黒い雨の正体なのか。
「あっしらは人間の姿になれる事で、道具を使い、生活を豊かにすることができたんでやんすよ……」
「それだけ聞けば、いい事のようにも思えるが」
「初めはあっしらもそう思っていやした。でも……」
ラステンの野望。
「戦争に、兵士として使う目的だったという事か」
モココは弱々しくうなずく。
「それでもあっしらはいいと思っていたんでやすが、たくさんいた仲間たちが次々といなくなっていく事に、あっしらは耐えられなくなって……」
「それで森に住み着くようになったと」
「当たりでやんすよ……」
「だったらそのまま逃げていればよかったのに」
「そうも……いかなくなったんでやんす」
モココは小さく首を横に振る。
黒い雨がモココの柔らかな毛に落ちて、色を付けていく。
「食糧難、か」
モココは俺たちの畑でキャベツ泥棒をしていた。それをとっ捕まえてから、こいつの世話が始まったんだが。
「道具を使えるようになっても、それは武器の扱いばかり。食べ物を増やしたり、効率よく収穫したりという事は教わらなかったんでやんす」
「だとしても、自分たちで考えてみるというのもあるだろうに」
「それが、今までそんな事も考えたことがなかったんで……思いも寄らなかったんでやんす」
まあ、元々が羊だ。なにもないところから農業を思いつくというのも無理な話だ。
「だからゼロの殿様にご厄介になって、あっしらもいろいろと勉強しようと思ったんでやんすが……」
モココは大きな胸を揺らして咳き込む。
身体が黒く染められていた。
「二度目の黒い雨は、人間の姿になる力を失う呪いでやんす……」
咳き込むモココの身体が、湯気を立てて小さくなっていく。