新たなる国民に向けて
俺は攻め寄せてくる羊人間たちを蹴散らす。文字通り、蹴って吹き飛ばしていく。
「くそっ」
こいつらは俺に対して敵意を向けている。それは敵感知が発動している事で理解はしているが、それでもついさっきまで共に過ごし、飯を食った奴らだ。
「致命傷にならない程度に無力化するって、案外難しいな!」
俺が羊人間たちを簡単に倒せない様子を見て、ラステンが楽しそうに見てくる。
「どうしたんだい人間? ボクの兵隊たちを手厚く扱ってくれているようだけど、それでボクに勝てるつもりかい?」
「うっせぇな。俺は別にこいつらに思い入れはない。なんなら羊として狩ろうとしていたくらいだ」
「へぇ、だったら簡単に殺せばいいじゃないか。それをどうしてそんなに丁寧に、傷付かないように追い散らしているんだい」
「だからうっせぇって言ってんだよ!」
そう言いながらも俺は羊人間たちを殴ったり蹴り飛ばしたりしながらも、殺さないように手加減をしていた。
「くそっ、俺の中でなにかが力を押さえている……。俺に向かってくる敵なのに、殺すまでに至らない……」
俺が攻めあぐねている所に、ルシルがやってくる。
「なにやってんのよゼロ」
「なにって、俺だってできれば簡単に倒してしまいたいし、そうしないと奴に届かないのは判っているんだ……」
「だったらやってしまいなさいよ」
「だがな……今の俺には、それができない……なぜだ、力が出せないんだ……」
「はぁ……」
ルシルはため息をついて肩を落とす。
「やっぱりね。ゼロ、あんたも一種の呪いにかかっているんだよ」
「なっ、呪い……だって?」
「そうよ」
俺は物知り顔でこっちを見ているルシルに食ってかかる。それこそ襟首をつかんでしまいそうな程に。
「それって……いったいなんなんだよ……」
「いいわ、教えてあげる」
ルシルはつかみかかろうとする俺の手を優しく包み込む。
「ゼロ、あんたはこの羊たちに仲間意識を持っているのよ。だから命までは奪えない」
「な、仲間意識……」
ルシルがうなずいて肯定する。
「仲間だから殺せないのよ」
「殺せ……ない……」
「そう。でもね」
ルシルは飛びかかってくる羊人間たちを俺と同じように蹴り飛ばす。
「それはそれでいいんじゃないかな」
「いいのか?」
「それがゼロ、あなたでしょ?」
「いや、よく解らないんだが……」
「王者の契約者、ゼロのSSSランクでしょ」
「そうだが……それが……」
俺の背中を思いっきり叩くルシル。
「もうあの子たちはゼロの仲間、民なのよ」
「そ、そうか? いつの間に……」
「今までの行動がそれを示しているでしょう。森で助けたり畑を提供したり」
確かにルシルが言うように、俺はモココたちにいろいろと手助けしていたかもしれない。
「だが、別に誓いとか忠誠とかは受けていないつもりだったが……」
「なに言ってんのよ。あの子たちの生活を一変させて、それで感謝も信頼もされていないとでも思っているの?」
「そ、それはそうだが……」
「じゃあ見ていてよ」
襲いかかってくる羊人間。俺はそいつをはねのけようとするが、ルシルが俺を止める。
「な、なにを」
「見ていて」
羊人間の持つ槍が俺に向かって突き出された。
「くっ」
防衛のために身構え、目の前の槍を叩き落とそうとするが、ルシルがそれを止める。
「見ていてって言っているでしょう」
「だがっ」
「いいから!」
突き出される槍、その穂先が俺の胸を狙ってきた。
「あっ」
槍は俺の胸に当たる直前に動きを止める。
「なっ、なぜ」
俺の疑問はすぐに解けた。
羊人間が涙を流して身体の動きを止めているからだ。
「ゼロの……殿様」
羊人間はモココと違って人間の言語を話した事がなかった。
だが、この羊人間は俺の事を呼んだ。
「ご、ごめん……なさい。ゼロの殿様、襲うつもりなかった……」
羊人間はたどたどしい言葉で気持ちを吐き出す。
「信じて……いいんだな?」
羊人間が何度もうなずく。
「そうか……。言語が話せるのなら意思の疎通も早いだろう」
「あ、あの……殿様」
一人の少女の姿をした羊人間が、恐怖に身を震わせながらどうにか俺に言葉を投げる。
「なんだ」
「私たち羊人間、殿様にお仕えしたい……です」
涙を目に溜めて、それでも槍の穂先は俺に向けながら近付いてきた。
「ふむ。今は敵対しているようだが、それも本意ではないのだろう」
俺は羊人間を蹴り飛ばさずに両手を広げて受け入れようとする。
「ありがと……ございます」
羊人間の槍が俺の脇腹に触れた。
「ご、ごめんなさい……殿様……」
「いいさ、これくら傷のうちに入らんさ」
「殿様……」
羊人間は槍を取り落とす。
「ありがとう。下がっていなさい」
「はいっ」
槍を落とした羊人間は、俺との戦いをあきらめたようで、もう攻撃をしてこようとは思っていないらしい。
奥に引っ込んで、出てこようともしなかった。
「王者の契約者は効いているようだな。だとすると……」
俺がにらみを効かせると、周りにいた羊人間たちが次々と武器を落とす。
「どこにいても、結局王たる務めを果たさないわけには行かないのか」
誤って俺に攻撃を仕掛けてきた連中も、こうして見れば俺の大切な国民だ。
「だからルシルと二人っきりがよかったんだが……そうも言ってはいられない。これは登山をする時の第一歩。国民を国民と認めよう!」
俺の言葉が辺りに響き渡る。
俺たちと共に暮らしていた羊は、危機感を募らせるも実際にどうしたらいいのかを把握できず、武器を手放す事くらいでしか、恭順を示す事ができなかった。
「だが、それだけでも」
戦力としてはラステンの持つ兵士たちの三割は削れたはずだ。