感染を戦力と考えるか
苦しみ倒れる羊の奥、細身で背の高い男が立っていた。
細い腕はそれ程力を持っていないはずなのに、奴から受ける圧力はそれなりに強い。
「まさかボクの兵隊がこんな所で遊んでいようとはね」
男は羊をかき分けて俺たちに近付いてくる。
「そこにいるんだろう? 出ておいでよ」
男は俺を、いや俺の後ろに視線を向けていた。
俺は奴の視線の先、俺の後背を見る。
「さあ出てきなさい、モココ!」
口から血を垂らしながら扉に手をついて、苦しそうに立っているモココがいた。
今にも膝を屈しそうな、扉をつかんで立ち上がっているのがやっとの様子で。
「ラステン……大将軍……」
モココが血の泡を吹きながら漏らした言葉は、きっとこいつを呼ぶ名だろう。
「ボクの兵隊、遊びは終わりだよ。さあ、仕事の時間だ」
ラステンと呼ばれた男は、その華奢な腕でモココをつかむ。
「なにっ、いつの間に!?」
俺は自分の目を疑った。そう、ラステンはモココの事をつかんでいる。
俺の気付かないうちに、俺の背後へラステンが移動し、モココの事をつかんでいるのだ。
「さあ戻ってきなさい、ボクの兵隊たちよ」
「や、やめるでやんす……、あっしはもう、大将軍には……」
「ほう」
ラステンは左手一本でモココの首をつかんで持ち上げる。
その細い腕には見合わない力で。
「ぐっ……だ、大将軍……」
「どうしたモココよ、前はあんなに素直だったのになあ。どこで道を踏み外してしまったか。ボクは悲しいよ」
「くっ、苦し……」
「それはそうだろう。ボクの言う事を聞かない兵隊はもう役立たずだからね。命令を聞くまではこうやって苦しい思いをするんだよ」
ラステンは悦に入った顔でモココを見上げる。
「おい」
俺がラステンに声をかけると、奴は余裕の表情で振り返った。
「なんだい、邪魔しないでくれるかな。これはボクとモココの話なんだよ。部外者は黙ってて」
ラステンがそこまで口にした所で、俺の剣が一閃する。
モココを持ち上げていた左腕が肘の辺りから斬り飛ばされ、モココが落ちたところはルシルが下で受け止めてくれていた。
「おや、これは意外だったね」
ラステンが自分の失った左腕を眺める。
腕を斬り落とされてもラステンは表情一つ変えない。
俺の斬った腕からは血が一滴も出てこなかった。
「これは困ったな。余計な横槍が入ったよ、うん困った」
「なにをごちゃごちゃ言ってんだ。勝手に手を出してきやがって」
瞬間移動みたいな動きに少々薄気味悪さは感じているが、ここで俺が怯むわけにはいかない。
「なんだねキミは。さっきっからうるさいな」
「俺はお前の事を知らないし、これから知る機会もないだろうが、ともかくモココに対する行動は納得できないな」
「別にキミに認めてもらう必要はないだろう? モココはボクのものなのだから」
「気に障る言い方だな」
「仕方がないさ、事実だからね」
平然と言ってのけるラステン。俺の胸の奥に怒りがふつふつとわき上がってくる。
俺はモココをかばうように、ラステンとの間に割って入った。
「モココは今大変なんだよ、こんな時に余計な事はして欲しくないんでね」
「そんな事、ボクには関係ないよ。これ以上邪魔するなら、ボクだって容赦しない……」
ラステンの首が宙に舞う。
「しゃべっている所、悪いな」
俺は危険な匂いを察知してラステンの首を刎ねた。
だが、飛んでいる首が俺の事を薄気味悪く見ている。
「くくく……ボクが作った兵隊、せっかく増えたと思ったのになあ」
ラステンの首が煙のように消えて、また羊の奥にラステンの姿が見えた。左腕も斬られず、首もつながったままのラステンが。
「動物なんて人間よりも簡単に増えるし、群れの長をボクの言う事を聞く人形に仕立て上げれば、兵士の大軍ができあがるっていうのに」
距離を開けたラステンが声高に話している。
「ボクの軍隊作りの邪魔をするなら、その威力を身体に教えてあげるよ!!」
ラステンの背後に、たくさんの光が見えた。
俺を見る、獣人たちの目だ。