呪われた身体
モココはベッドで横になっている。
一時は激しい吐血があったものの、すぐに治癒のスキルで回復したので、今は落ち着いている状態だ。
「あの咳き込みよう、ひどかったね」
ルシルはモココの額に乗せた濡れタオルを交換してくれる。
「熱も出ているみたいだし、まずは少し休ませよう」
「そうね」
俺たちの使える治癒のスキルは傷も病気も治せるはずだが、どうもそこまでの効果が感じられない。
「前もルシルの治癒で治せなかったのがあったな」
「うん、呪いとか、そういうのは治癒じゃあ効かないから」
「その類い、という事かもしれないな」
俺たちの会話に重い空気が流れる。
小屋の中は、標準語が話せる者たちだけだ。俺とルシル、グレフル、そしてモココ。
グレフルは伏せの状態でずっと様子をうかがっている。
「あ……」
モココが小さく声を出す。
その息はまだゼーゼーと苦しそうな音を出している。
「無理はするなよ。多少なら体力が回復しているだろうが、それでも全回復って訳じゃなさそうだからな」
俺はシーツをモココに掛け、熱に浮かされてうっすらと目を開けているモココの頭を軽くなでた。
電撃ができない程度に。
グレフルも気になってベッドの隣に来る。
「ご、ごめんでやんす……あっし、たまにこうなるんでやんすよ……」
「そうなのか。大変だな」
「いえ、もう慣れっこでやんす……」
「他の羊たちも、なのか?」
モココは苦しそうに、小さくうなずいた。
「やはりな。感染と言うよりは伝播する呪いや術式に類する物だと思う」
「病気や寄生虫とかとは別なのかな」
「寄生虫は判らないな。治癒では駆除までできないし」
「相手も生き物だからね」
「ああ」
そうなると、身体変化できるという能力も、モココたちにとってみれば必ずしも望ましいものではないはず。
汗をかいて、時折苦しそうな咳をするモココを見て、俺は自分の無力さにいらだちを感じていた。
「剣の勝負ならどうとでもなるんだがな」
俺は拳をきつく握りしめる。
「ゼロ」
ルシルが俺の手に触れた。俺が気が付かない内に、爪が手のひらに食い込んでいて血がにじんできている。
「ああ、済まない」
俺は手の力を抜いて深呼吸をした。
モココの苦しみようは普通じゃない。ひとまずは今夜、様子を見ながら対処を考えるが、それでも場当たり的な事しかできないのはもどかしい。
「少し夜風に当たってくる」
俺はモココをルシルとグレフルに任せて小屋を出た。
「お……」
夜も更けているというのに、小屋の周りには羊や狼たちが群れをなして小屋を見ている。
羊の中には何人か人間の姿になっている者もいた。
「お前たち心配か?」
俺は近くにいた羊の背中をなでてやると、俺に頭をこすりつけてくる。
言葉は通じないが、自分たちの長が倒れている事を心配している様子だ。
「モココの事は俺たちに任せてくれ。そしてお前たちもどうにかしよう。一緒に、答えを探そう」
頭をこすりつけている羊は、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「心配するな、きっとお前たちを助ける方法があるはずだ」
俺が羊の頭に手を当てた時だ。
羊が一瞬身をこわばらせた。
「どうした?」
「グ……ピギィッ!!」
羊はガクガクと震えて口から泡を吐きながら倒れ込もうとする。
「大丈夫か!」
俺がどうにか支えているが、羊は力なくうなだれてしまう。
ぐったりとした羊の身体から湯気が立ち上っていく。
俺が抱きかかえている羊は、徐々に身体の形が変わっていき、だんだんと女の子の身体になっていった。
「強制的な身体変化か!?」
月の光は……今日は曇っていて差し込んでは来ない。
俺の腕の中にいた羊は、モコモコした女の子になっている。
「いったい……これは」
辺りを見ると、羊たちと例の噛まれた狼が苦しみだし、人間の姿へ変わっていく。
「なにが起きているんだ……」
小屋の中からグレフルが飛び出してくる。
「ゼロさん、モココさんが苦しみだして……って、なっ!?」
グレフルもこの羊たちの状況を見て驚く。
俺は抱えていた羊人間の女の子を下ろすと、小屋の中に入ろうとした。
「なるほど~」
聞き慣れない声に俺は振り向く。
羊たちの群れの更に奥、腕を組んで立っている人影が見えた。