草が生えないのは笑えない
草が生える。ある程度なら放っておいても勝手に生えてくるし、羊たちはそれを食べていけばいい。
「今はその草が生えるよりも羊たちが、いや、森の動物たちが食べる量の方が多くなっているって事だな」
「そうでやんす」
モココは申し訳なさそうに頭を掻く。
「ちょ、待てって。そんなに頭を掻いちゃうとだな……」
俺がモココを止めようとしている時、モココの頭から電撃がほとばしった。
「あいててて! だからちょっと待てって! お前が頭を掻きむしると、雷が落ちるんだよっ!」
「はわわわ、申し訳ないでやんす! はわぁ……」
モココがペコペコと頭を下げる。
草原のあちこちにモココの頭から出た電撃で焦げた跡が付いていた。
「とはいえ、食べるなとも言えないからな。そうなってくると、もっと広い土地で食べ物が豊富なところへ移動するか、効率よく作物を育てないとならないが……」
「ゼロ、回復スキルとかで食べ物を増やしたりできないのかなあ」
「うーん、ちょっとやってみるか」
俺は麦の穂を一株刈って、魔力を込める。
「Nランクスキル発動、簡易治癒。これで増えたりするかなあ」
俺の込めた魔力で麦の穂はざわめくが、特に実が増えるような事はなかった。
「成長するとか、増えるとかはないみたいだね」
「ああ。あるとすればここ……」
俺は麦を刈った時にできた傷口を見せる。
「切り口の傷はふさがっているね」
「そうなんだよ。やっぱり治癒は傷をふさぐ、癒やすのであって、成長させたり増やしたりはできないんだろう」
「確かにね。成長しちゃうなら、例えば子供の怪我をスキルで治そうとした時、身長が伸びたりしちゃいそうだもんね」
「ははっ、言われてみればそうだよな。治癒とは別の、成長させるスキルがあればいいんだがなあ……」
「うん……」
そうなると真面目に作物を育てなければならない。一足跳びには容易に草は生えないという事だ。
「羊たちを、森の動物たちを養うための畑、か。森の草や木の実が育つのはそれなりに期待しつつ、それでは賄えない所を畑の作物で満たさないと」
俺はまだ頭を下げたままのモココに聞いた。
「もういいからさ、モココも知恵を貸してくれよ」
「は、はいでやんす」
ようやくモココは頭を上げる。
「身体変化は羊人間特有の能力なのか?」
「えっと、羊人間だから、身体変化の能力は持っているのでやんすが」
「そっか、俺の質問が悪かったな。身体変化の能力はどうやったら獲得できるのかな。生まれながらの資質だとどうしようもないんだが」
「そういう意味じゃあ、後天的なものでやんすよ。変化能力の持っている動物に噛まれるとか、そんな感じで」
「噛まれる、か……。感染みたいなものだったりするんだな」
確かにシルヴィアの弟、カインも猫耳娘に身体変化するからな。
「あ、だとすると……羊たちに噛まれた狼、あいつらはどうだ?」
俺は近くで畑仕事をしていたグレフルを呼ぶ。
「おーいグレフル!」
「はっ、はいっ」
俺に呼ばれて急いで駆け寄ってくるグレフル。畑の雑草を抜いていたため、鼻先に土が付いたままだ。
「この間の羊に噛まれた狼いたよな」
「はい、あの時治癒をかけていただいて、今はもうすっかり元気になっています」
「それはよかった。それでだな」
俺はグレフルに合わせて身をかがめる。
「その狼たち、なにか変化はないか?」
「変化ですか? えっと、特に今は……ちょっと呼びますね」
グレフルは空に向かって遠吠えした。
響き渡るグレートウルフの声。
「お、早いな」
グレフルの招集に従って狼たちが集まってくる。この間、羊たちに噛まれて倒れていた奴らだけ。
「ワオン、ワフワフ」
「クオ~ン」
グレフルは狼たちに話しかけ、狼たちもそれに反応する。
「で、どうだグレフル」
「はい」
グレフルは前脚で器用に鼻先をこすりながら俺の方に向き直った。
「ゼロさんのご推察通り、この様子を」
グレフルが首を狼たちの方へ向けて俺に見るようにうながす。
「お、おお……」
そこには狼の毛皮に覆われた美少女たちが立っていた。
狼の鋭さを思わせるきりりとした顔立ちの中に、少女特有のあどけなさを持って、それでいて大人っぽい身体付きもしている。
「狼人間に、なってる……」
俺のつぶやきが、そよそよと流れる風の音にかき消されていった。