食文化と獲物たち
考えてみたら、いや、考えてみなくてもだ。恐ろしい事に、この森にいる羊たちは、羊人間に身体変化できる連中だった。
「ゼロの殿様」
モココが俺の所に寄ってくる。幸いというかなんというか、モココ以外は俺の話す言葉、人間の標準語を話す事ができない。
「あ、あっしらの恥ずかしい姿、見せてしまって申し訳ないでやんす」
「別に謝る事じゃあないだろう、なあルシル?」
俺は困り顔で寄ってくるモココにどう答えたらいいか判らなくなって、ルシルに助けを求める。
「私は別に、人型になってもならなくても、羊として食えばいいと思うけどね」
「ひいっ!」
ルシルの反応にモココが怯えた。
言われてみれば確かに、元は羊だからルシルの言っている事は間違いでもないのだが。
「そうかあ。俺はどうも人間の姿になっていると、食べ物とか家畜とかっていう感じがしないけどなあ」
「そう? 別に人間だって家畜にしてもいいんじゃない?」
「お、おお……そこは流石に魔王、魔族の頂点だったルシルらしい発言だな」
「うーん、私たち魔族はそういうところあんまり気にしていないからね。今朝話をしていた奴が夕刻には食卓の肉になっている事だってよくある話だもん」
「ぶふぉっ」
ちょっと俺はルシルの話を想像して咳き込んでしまう。
さすがは魔族、人間の倫理とは違う世界に生きている。義理とか人情とかとは少し違う位置に存在しているのだろう。
「だからさあ、別に羊だから食べちゃってもいいんじゃないかな」
「い、いや、それはまあ、ちょっと待ってくれよ」
「別に私は待ってもいいけどね。食べ物は他にもいっぱいあるし、羊を食べちゃうよりは作物を育ててくれた方がはるかに役に立ちそうだけど」
確かに人間の姿になれるのなら、道具を使って畑仕事をしてくれた方がいい。
「でもさゼロ」
「なんだよ」
「羊の姿の時の羊は、食べていたよね」
俺は言葉に詰まる。
「あ、うん、まあ」
「じゃあさ、あいつらは食べられないのって、なんだろうね」
「う、うむむ……」
ルシルが見る先には、畑を耕したり水路の拡張をしたりと働いている羊人間たちがいた。雑草は、そのまましゃがんで食べていたりもするが。
「あのモコモコした人間といっても、羊だよ?」
「そ、そうなんだけど」
畑仕事をしている羊人間たちが俺の方を見て手を振る。
少女の姿をしたモコモコしている姿は愛らしく、無邪気でくりくりっとした瞳が俺に向けられると、俺の胸の内になにか感情が芽生えてくるのだ。
「く、食えないっ!!」
俺は羊人間たちの視線をまともに受け止められずに目を伏せてしまう。
「ゼロ」
ルシルの声が嫌に冷たく感じる。
「ゼロは羊というよりは、女の顔に騙されている気がするね」
「なっ!?」
あんなに無垢でかわいらしい少女たちを殺して食べるなんて。
「お、俺には……できなーいっ!!」
農作業をほっぽり出して、俺は川に飛び込んで泳ぐ。少しでも頭を冷やそうとして。
「あっ……」
川に潜って思い出した。
「ごぼぼぼ……」
水の中でも呼吸ができる、竜神の鱗を持ってくればよかったと。