攻守交代
狼が倒れている。それも一匹や二匹ではない。
「モココ、グレフル、この狼たちの様子はどうだ」
「息はあります。だが、至る所に噛み傷が見えます」
グレフルは鼻先を器用に使って倒れている狼の様子を確認する。
「そこの茂み……」
ルシルが手で示す方向には背の高い茂みがあり、そこがざわついていた。
奥に、反射する物が見える。
「警戒しろ、なにかいるぞ」
動物の目か。茂みの中で光を反射していた。
「ゼロさん、この噛み傷……牙じゃない」
「ん? グレフル、どういう事だ」
「オレにもよく解らないです。でも、よく見る獣の噛み傷とは違う……」
巨大狼は倒れた仲間たちの傷口を舐めて手当てをする。
「茂みの中にいる奴を引きずり出してくるか」
俺はゆっくりと歩を進める。
剣を抜いて戦闘態勢を取りながら。
「だがあの光り方。襲ってくる猛獣とはまた違う感じがする。どちらかというと、俺が狩っていた……」
「ま、待って欲しいでやんす!!」
俺の前にモココが立ち塞がる。
「どうした。いつ茂みから襲ってくるか判らんぞ。そんな所にいては危険だ」
俺はモココの肩をつかんで押しのけようとするが、モココは足を踏ん張ってこらえようとした。
「待って、待って欲しいでやんす……」
今にも泣き出しそうな顔で俺を見る。
「なにか、理由があるのか?」
モココは唇をキュッと結んで、目で懇願してきた。
「そうか」
俺は剣を納めてモココの頭に手を乗せる。
「お前に任せよう、モココ」
モココはほっとした表情であふれそうな涙をぬぐった。
「大丈夫でやんす、あっしが話をするでやんすから」
「気を付けろよ」
「ガッテンでやんす」
モココは茂みの中に分け入っていく。
まだモココの姿が見えるが、辺りはだんだんと暗くなっている。
「Sランクスキル発動、閃光の浮遊球。これで少しは明るくなるだろう」
俺の発動させた光の球が宙に浮かぶ。
夕暮れ時の日差しの中、青白い光りが辺りを照らした。
「おーいモココ、どうだー?」
ガサゴソと茂みで音がしたが、それも静かになって、中からモココが現れる。
「大丈夫でやんすよ」
モココは茂みに向かって呼びかけた。
「さあ、来でやんす」
モココの声に従うように、三匹の羊が茂みの中から出てくる。
「羊?」
ルシルが意外そうな声を上げた。
「なるほどな、猛獣とは違う雰囲気を感じたが、それは羊の、草食動物の目だったからか」
「え? それがなに、ゼロ」
「あのなルシル、肉食動物は顔の前に目が向いているんだよ」
「うん、まあ私たちもそうよね」
「ああ。だが、草食動物というのは、目が横向きに付いている」
俺に言われてルシルが茂みから出てきた羊を見る。
「あ、本当だ。横向きだね。なんで?」
「草食動物は襲われる側だったからな、目を横に付けて視野を広くするんだよ。それに比べて肉食動物は、視界の広さよりも対象物の焦点を定めたり距離を測ったりするのに目が前に向いているんだ」
「へぇ、なるほどねえ」
「だから茂みの中で反射していた目の光は、普段対峙する猛獣のそれとは違って、なんか変な感じがしたんだよな」
羊たちがやってきて、頭を下げた状態で止まった。
「ゼロの殿様」
モココが申し訳なさそうに俺と羊たちを交互に見る。
「羊たちが茂みに隠れていたのは、まあ身を守るためとして理解はできるが……どうした?」
「あの、実は……」
モココは身体を縮こめながら済まなそうに見ていた。
「あの狼たちを噛んだの、この羊たちなんでやんす……」
「えっ!? 狼が羊を、じゃなくて羊が狼を噛んだ」
モココは本当に申し訳なさそうに、小さくうなずく。