神が鳴る姿
「おーい、がんばれよー」
抑揚のない声でモココを応援する。
「ひ、ひぃっ!」
前進を小刻みに震わせながらモココが巨大狼と対峙した。
「ゼロ、このままあの羊女を狼の餌食にするの?」
ルシルは心配そうに言うが、別段それはモココを思っての事ではない。力の差がありすぎる中で凄惨な戦いを望んでいないからだろう。
「俺は別に、この戦いに興味があるけどな」
「そうなの? 意外ね」
「一応はモココのために少しだけ力を貸してやったからな。結果につながってくれると嬉しい」
「言われてみればそうかもね。私も少しは情が移ったって思えるから」
ルシルはごく自然に言い放つ。
「お前が情とか言うなんて意外だな」
「そうかしら。私、ゼロには情を持って付き合っているつもりだけど」
「俺の話じゃなくてモココだよ」
ルシルは少し考えて、なにかに納得したのか小さくうなずいた。
「そうね、そう考えれば私も少しはあの羊女に情が移っているのかも」
「それを認めるのも意外だがな」
「私もよ。自分で自分の感情にびっくりしているから」
俺たちは他人事のようにおしゃべりに興じている。
その視線の先には、モココと巨大狼がいるというのに。
「グルル……おい羊の……」
狼が低い声でモココに話しかける。
「な、なんでやんすか……」
「お前んところの大きな羊がいただろう?」
狼の言う大きな羊というのは、俺が倒した象ほどもある巨大な羊のことだろうか。
「そ、それがなんでやんす!?」
気丈に返事をするモココの足はまだ震えている。
「あいつがいなくなってから森は騒がしくなった。オレ様は放置していたが他の連中が騒ぎを起こすんでな、いい加減片付けようと思ったんだが……」
「そ、それがあっしと戦う理由になるんでやんすか……」
「さあな。だが、森を鎮めようと出てきてみたらお前がいたってだけだ。森の木にこの毛で匂いをこすりつけるお前がな」
「ひぎぃっ!」
確かに狼の言う通り、力のある連中がいなくなってからモココが縄張りを主張したと言えなくもない。それが気にくわないと思えば、こうして出てくる奴もいるという事だ。
「それで、お前は後ろの人間どもと結託して、森を自分の意のままにしようってのか!?」
「ひっ。い、いや、あっしはそんな事、大それた事なんて考えていないでやんすよ……」
「本当かぁ!? まあいい、どちらにしてもオレ様の方がお前よりは強いからな! お前を噛み砕いてこの森の平和を取り戻してみせるぜ!!」
狼は大きな口を開けて今にもモココに噛みつきそうな勢いを見せる。
「ひぃっ!」
モココが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「覚悟しろよっ!!」
狼がそのまま大きな口でモココに襲いかかった。
一本一本が剣のように鋭い牙が日の光に当たってきらめいている。
「ぴぎゃぁっ!!」
モココが頭を抱えたまま身体を震わせた。
「なにっ!?」
モココの身体が青白く光り始めると、噛みつこうとした狼の口に稲光が走る。
バチバチバチッ!!
雷が落ちたような音が森の中に響き、アゴを光に突き刺された狼が白目を剥いて倒れた。
「ほう、なにをしたんだ?」
俺は戦いの外から見ていたが、起きた事を確認してみる。
「あ、あっし……よく解らんのでやんすが、困った時とか怖い時とか、気が付くと相手が焦げて倒れているんでやす……」
涙目になってこっちを見るモココは、震えたまましゃがんでいた。
「もしかしてこれって……」
「ああ、モココの能力みたいだな。自分の毛をこすって雷を作ったんだ」
突拍子もない事のように思われるだろうが、俺はありのままの事をありのままにルシルへ伝える。
「そうだとしたら、恐ろしい娘ね」
確かにルシルの言う通りだ。こんな巨大狼を一撃で倒せる力を持っていたとは。