侵入者発見せり
羊人間のモココは、刈った自分の毛を森の木々に埋め込んでいく。
「クンクン……」
毛を木にくっつけた後に匂いを嗅いでいるモココ。
「なにをやっているんだ?」
「ほわぁ~」
悦に入っているというか、なにか嬉しそうな顔で自分の匂いを嗅いでいた。
「これはでやんすね、あっしがここを通ったっていう情報を広めているんでやす」
「拡散しているのか?」
「へい!」
明るく返事をしながら、また少し離れた木に毛を埋め込む。
「縄張りを主張しながら、それでいて自分の存在を知らしめていく。力の誇示という点では意味のある事だろう」
真面目に考えてはみるものの、モココはそんな感覚は持っていないのか、とにかく楽しそうに毛を植え込んでいた。
「ふんむ!?」
モココの手が止まる。
「どうした?」
「来たでやんす……」
表情が固まるモココ。
同時に森の中でガサゴソと音が聞こえる。
「ゼロ、木が倒されているよ」
俺たちの通った後の道だ。今まさに森の木が倒れてきていた。
「なにかが迫ってきている……」
俺は剣を抜いて戦闘態勢を取る。
「グルルル……」
聴き覚えのあるうなり声。
「狼か。だが、異様な気配がする」
木を倒しながらなにか大きな物が近づいてくる。木々の隙間から見える影からもその大きさが確認できた。
「おいモココ、お前の縄張り争いなんだ、どうするつもりだ?」
「あ、あっしでやんすか!?」
こういう時にひ弱そうな顔をされると、見た目が女の子なだけあって、俺の質問自体が不適切だったようにも思えてしまう。
「そうだ。お前の匂いを嗅ぎつけて、縄張りを奪いにきたんじゃないのか?」
「そ、そうでやんすかね……」
「そうだろう。あんなに怒気を孕んでいるんだ」
バキバキと音を立てて木を倒しながら出てきた奴は、俺の背よりも高い狼だった。
「グルル、羊だけではなく人間と……魔族の匂いがしたと思ったが、小さい連中が集まってオレ様に喧嘩を売ろうとしているのか」
狼だが人の言葉をしゃべる。
狼人間ではなさそうだが、知能は高そうだ。
「でかいな。この間の魔力に潰された狼とはまた違った強さを感じる」
「ほう。貴様、奴を知っていたか。奴は力を求めすぎて道を誤った。オレ様はああはいかんぞ」
「ふむ。だが力の読みは見誤ったんじゃないか? 俺たちを倒せるなんて思っていたら、だがな」
「ぬかせ」
狼は後脚で立ち上がった状態で俺を見下ろす。
「起き上がったまま腹をさらして戦いになるかな?」
「人間よ、それは貴様がオレ様の相手をすると言う事か?」
「ふっ、さてな。お前が相手するのはこいつなんじゃあないか」
俺はオロオロしているモココの背中を押した。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
「なにを驚いている。この狼はお前の匂いを追ってきたんだぞ。お前の領土を守るなら、お前が相手をすべきだろうよ」
「へ、へ……」
巨大な狼の前に飛び出したモココは、狼と俺たちをそれぞれ見ながら泣きそうな顔をしている。
「まあ、やってみる事だな」
「ひ、ひぃ……」
足をガタガタと震わせながら、それでもモココは狼の正面に立った。