森の中で早着替え
俺たちはモココを連れ、今一度森に入る。
「あっしのために、森を平和にしてくれるんでやんすか?」
モコモコした格好で気楽そうな表情を見せるモココ。見た目はそれなりにかわいい女の子なのだが、両耳の所に生えている巻いた角と、ほぼ全身を覆う白い毛皮が少し異質な感じがする。
それよりもなによりも、この口調が女の子の姿とは似合っていない感じだ。
「別にお前のためじゃないんだがな。それでも森の中で主導権争いが活発化して、変に危険な奴が出てきたりだとか、獣が少なくなって狩りができなくなったりなんて事が起きないようにしたいってのが本音だ」
「そうなんでやんすね……いてててっ!」
いきなりモココが悲鳴を上げた。
「なんだ……おい、毛が枝に引っかかっているぞ」
「ひぃん……」
「泣いたってしょうがないだろう。まったく、今まで森の中に住んでいたとは思えないな……」
俺は枝に絡まった毛を指でつまんでほぐそうとするが、なかなかこれがほどけない。
「あいたたたた!」
「少しは黙ってろよ……てか、動くなって!」
「そんな事言ってもですよ、あっしだって我慢しているんでやんすから、あたたたた!」
俺が少し引っ張るだけでモココは泣き出しそうなくらいに叫び声を上げている。
「ゼロ、いい加減こいつうるさいよ」
「まあそう言うなって。そうだなあ、この絡まった毛を切っちゃえばいいんだよな、うん」
「それなら私にいい考えがあるけど」
「考え?」
「うん」
そう簡単に返事をすると、ルシルは手にしていた銀枝の杖をモココに向けた。
「あ、もしかして……」
俺の心配は的中する。
ルシルは杖に魔力を注ぎ、スキルを発動させた。
「Rランクスキル氷塊の槍!」
ルシルの放った氷の刃がモココに突き刺さる。
「びぎゃぁっ!?」
実際には身体のギリギリの所で貫通し、毛だけが散っていく。
「はひぃ……」
モココは頭と胸、それと腰と手足に白い毛が残っているだけで、他はかなりの部分がすっきり刈り取られていた。
「これで動きやすくなったでしょ」
女の子として大事なところはしっかりとカバーしているからだろう。ルシルは得意気にしていた。
「う、うん。こんなにすっきりしたのは何年ぶりか判らんのでやんすが、これなら動きやすいっす!」
モココは身軽になった事に喜んでいたし、これで枝に引っかかる事もないだろう。
「ルシルの姐さん、ありやとやんした!」
「別に、気にしなくていいよ」
「へい! へい……へっ……ぶうぇ~っくしょぃ!!」
急に肌寒くなったのか、モココは鼻を垂らしてくしゃみを連発させる。
「それにしても見た目は女の子なのに、なんでこんなにおっさんくさいんだろうなあ」
「へ? あっしはおっさんくさいでやすか? くんくんくん……びぇっくしょぃ!!」
「臭いじゃないって。なんて言うかな……仕草というか、立ち居振る舞いがおっさんぽいって事でさ」
「へい、よく解んないっすが、あっしは大人の男性の魅力も持ち合わせているって事でやんすね!」
「いやそういうんじゃないんだけど」
モココはそれでもなにか嬉しそうにしていたから、俺はあきらめに近い感情が湧いてくるのだった。
「ん? なにしてんだ?」
モココは自分の刈られた毛を集めて丸めている。
「これはあっしの証明でやす」
「証明?」
「へい。これを使ってあっしの縄張りを作るんでやすよ」
「なるほど。体臭の染みついた毛を使って、お前の存在を森の奴らに認知させるんだな」
「へ……えっと……」
モココは俺の言葉があまり理解できなかったみたいだが、場当たり的な困り笑いで返してきた。
「でも、縄張り作りはいい考えだな。そうしたら、その毛はどうしたらいい?」
「えっとですな、この毛のほんのちょいっとをつまみまして……」
モココは少しだけ毛をつまんで、指先を使って丁寧に丸める。
「こうして……木とかに挟んだりしておくんでやす」
木の皮の隙間や割れたところへ押し込んでいく。
「ほう、こうやってお前のおっさんくささを森の連中に知らしめる訳だな」
「へい!」
冗談で言った事も真に受けてしまうモココ。楽しそうにニコニコと笑っている。
頭の回転はともかく、純粋な心は持っているようだ。
これが演技でなければ、だが。