森に生じた力の空白地帯
異質だ。
「なあ」
俺は小屋の中にいる奴に声をかけた。
小屋の中には、俺とルシル、そしてモココと言ったワーシープの少女がいる。
囲炉裏の火に当たって、なぜか夕飯を共にしていた。
「別に俺は構わないんだが」
モココは一心不乱に収穫したてのキャベツを頬張っている。
丸々三個までは数えていたが、それから先は気にしないようにした。カウントしているのも面倒になったから。
「もごご、もごもごも」
「いいから食ってからしゃべれよ。ほれ、水もあるぞ」
「むがが……」
急いでキャベツを飲み込むモココ。
「それで、腹は満ちただろう? まったくどれだけ食うんだか……」
俺はあきれながらもこの白くフワフワの毛皮に覆われた女の子を見ていた。
「あっしはワーシープなんでやすよ」
「それは聞いたよ。で、なんで俺たちの畑を荒らすのか、って事なんだが」
「別にあっしは畑なんてしらねえんですよ。んまそうな葉っぱが転がってたんで」
「転がってはいないだろう。畑で成っていたんだよ」
「う~ん、あっしにはよく判らないんですがね」
なんだこいつ。一気に肩の力が抜ける。
「ゼロ、こいつの毛、刈っちゃおうか?」
ルシルがハサミを持ってきて物騒な事を言う。
「いや待て」
俺はルシルを押さえる。羊少女は一応見た目は人間の女の子。服を着ていないとはいえモコモコの毛皮で身体の大事なところは隠されている状態。
その毛を刈ってしまうと、これはまた問題になるような気がする。
「それはちょっと置いといてだな」
俺はルシルからハサミを奪ってモココに向き合う。
「お前がなんで俺たちの畑を、作物を食ったかって事だが」
「もしゃもしゃ……」
モココはまたキャベツをかじっていた。
「森にはお前の食べる物はないのか?」
ゴクンと飲み込んだモココが口をぬぐう。
「そんなこたぁねえですよ。森は食いもんが豊富でしてね」
「だったらこんな荒野にやってくる事もないだろうに」
「それがですね、あっしも森の中でどうにかできたらいいと思ったんでやすが」
「どうにかできなくなったって事か?」
俺の問いにモココは大きくうなずく。
「そうなんでやすよ。森の主がいなくなってからってぇもの、あっしらの生活圏も魔法の力を身に付けた奴に襲われっぱなしでやんして」
「魔法を身に付けた?」
「そうでやんす。あっしにはよく判らねえんですが、なんか不思議な力を使う奴が増えやしてね」
「不思議な力、か」
それがモココの言う通りに魔力を使う者だとしたら。
「ルシル、魔晶石の影響が考えられないか?」
俺は話を聞いていたルシルに相談を持ちかける。
「そうね、可能性はあると思うよ」
「俺と考えている事は同じかもしれないな」
返事はせず、ルシルは小さくうなずくだけで済ませた。
「なあ兄さん」
モココが両手にキャベツを持ちながら俺に近付いてくる。
「森がおかしくなっちまったの、兄さんなにか知っているんですかい?」
「う、ふむ……」
思い当たる節、か。
「ゼロ、あの大きな羊」
「羊がどうした?」
「あの羊がもしかして森の主で、そいつがいなくなっちゃったから他の獣が暴走しているとか……ないかなあ?」
「なくはないと思う。だが、それならそれで獣たちがどう出てくるか。あの狼みたいに魔晶石を取り込んで凶暴化すれば、この森の権力争いに勝てると思ったのかもしれないが……」
正しいかはさておき。
俺の推理では、俺たちが倒した巨大羊がこの森の主で、一番強い個体だった。そいつが不在になって力と権力の空白地帯が生まれ、そこに入ってきたのがあの狼たち魔晶石を身に取り込んだ奴らなのかもしれない。
俺たちは囲炉裏を囲んで揺れる炎の光を受け、揺らめく影を感じながらモココの言う事を考えていた。