魔力を溜め込む石
ルシルが巨大狼から取り出した物。
「これ、魔晶石だよね」
「そうだな、ちょっと貸してくれ」
俺はルシルから石を受け取り、魔力を注入してみる。中心に黒い渦が小さく見えてその中はなぜか光る点が輝いていた。
光の粒を取り囲むように渦巻いていた黒いもやのような物で少し濁って見える程度の石だったが、俺が魔力を注げば注ぐほど中央にある黒い渦が大きく濃くなっていき、透明さが失われる。
「ふむ」
俺が魔力を注入し終えると、石は真っ黒な石炭のような、それでいて黒光りする物体となった。
「魔晶石だな。魔力を吸収して色が濃くなった」
「ゼロも私と同じみたいに真っ黒になるんだね」
「なんだか前にユキネが言っていたな、魔力が強いと色も深く濃くなるって」
「ゼロが魔力を込め過ぎちゃった?」
「俺たちだったらこれくらいで丁度いいだろう。魔晶石が耐えられれば、だけどな」
「そうね」
ルシルはまた巨大狼の腹を探る。
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「魔晶石がいくつかありそうで……あ、あった!」
黒い血だらけになったルシルが狼の腹から石をいくつも取り出す。
「結構抱えていたんだな、この狼」
「そうだね。だからかな、身体も大きくなって凶暴になっていたのって」
「その影響はあるかもしれないな。それにしても、こんな狼が出てくるなんてな」
「この辺りに散らばっていた死骸って、この狼たちのせいなのかなあ」
「ふぅむ……」
森の中の勢力争いなのか、力の均衡が崩れたというのか。
「もしかして……」
「なに?」
俺には思い当たる節が。
「俺たちが狩ったあの象くらいある羊……」
「ゼロが心配していたもんね」
「う……」
「それで一番強い奴がいなくなっちゃって、ちょっと強い奴が森を荒らしている、とか」
「ありそうだな……」
俺は大きく息を吐き出す。
「何度か俺が森に入って、山の主になろうとしている奴を潰していけば、俺に恐れをなして森が平和になる、なんて事はないかなあ」
「どうだろうねぇ。まあ、森の中の話だからさ、ゼロがそこまで気にしなくてもいいんじゃない? 強い奴が出てくれば、それはそれで森の中で力関係ができてくるよきっと」
「そんなもんかなあ」
「そんなもんよ」
周りを見れば、狼たちの死骸とその前に転がっていた獣たちの死骸が散乱している。
「この上で淘汰されていくのか」
「強い奴が生き残っていくんでしょうね」
「う~ん、近くを旅人とかが通らなければいいんだけど」
「大丈夫じゃない?」
ルシルはあっけらかんと言い放つ。
「なんでだ? どんどん強い獣が出てくるんだぞ」
「だからよ。人間だってバカじゃないもの、そんな強い奴がいる森なんて危なくて近寄らないし、適当な冒険者だったらただ自分の責任で殺されるだけだから」
「そんなもんかあ」
「そんなもんよ。そこまでゼロが責任を感じる事はないって」
「う~ん」
「だって、あの山みたいな羊が出てきたら、多少強いくらいの冒険者なんて生きて帰れないでしょう」
確かにルシルが言うようにあの羊は大きすぎた。あんな奴が出てきたら、まず一般の旅人程度では歯が立たない。
「あれに比べればまだましか」
「そうだよ。それより獲物獲物」
「ああ、近くにある物をまとめてみよう」
俺は木を切り倒して簡単なソリを作る。
その上に毛皮が使えそうな死骸を集めて載せ、元から食い荒らされていた死骸は浅い穴を掘ってその中に埋めた。
「魔力を帯びて黒くなってしまった肉は食えないだろうから、土へ還るようにと思ってな」
「またどこかの獣が魔晶石を飲み込んじゃったりしたら大変だもんね」
「そうだなあ。それにしてもこの狼、どこで魔晶石を飲み込んだんだろう……」
「少なくともこの辺りに、魔晶石が採れるって事だよね」
「ああ」
俺たちは魔晶石と毛皮、そして黒い血で汚染されていない獣の身体を木材のソリに載せて森を出て行く。
「魔晶石がどこかに転がっている……だとすると、またドラゴンみたいな強力なモンスターがいたりしてな」
「またそんな事言うから、本当にドラゴンが出てきちゃったらどうするのよ」
「う~ん」
俺は少し考えて、思った事を口にする。
「面倒だな」
「でしょ~!?」
雨上がりで柔らかい地面だからだろう。俺たちの引きずっていたソリの跡が森からずっと続いていた。