荒れる獣たちが恐れるもの
狼たちは一斉に襲ってくるが、俺たちには歯も爪も当たらない。俺の発動させたスキル円の聖櫃はSSSランクの完全物理防御スキルだ。
魔力を帯びていない攻撃は一切通らない。
「多少痛めつけたり、強さが認識できれば退くと思ったが……」
狼たちは次々と俺に攻撃を仕掛けてきて、なにもできずにキャンキャンと鳴き声を上げて吹き飛ばされていく。
「何匹か倒すか」
俺は剣を抜き、近くの木を切り倒す。
森の中を雷のような激しい音が鳴り響き、枝を揺すって倒れていく。
「ほう、これでもまだ」
狼たちは俺が木を倒しても驚かずに俺に向かってくる。
「何匹かは下敷きになったはずなのに!」
飛びかかってくる狼に俺が蹴りを入れ、剣の腹で殴りつけた。
「ゼロ、この狼……」
ルシルが倒れた木の下敷きになっていた狼を見ている。
狼は口や破れた皮膚から内臓が飛び出していて、それが思った以上に黒い。
「血が黒いよ。あんまり赤くない……」
「黒い血、だと……。それがこの無茶な攻撃を繰り返す理由なのか」
「判らない。けど、野生の動物でこんな黒い血は見た事がないよ」
「確かにな」
俺は飛びかかってきた狼の一匹を両断した。
「ふむ、真っ黒だな。炭を混ぜた水みたいだ。だが、変な魔力は感じられない。魔力を帯びていたら円の聖櫃を突き抜けてくるだろうし……」
「どうかな、やっつけるしかない?」
「やってみるしかないか。これじゃあ埒が明かない」
俺は一息入れて戦闘態勢を取る。
「これ以上かかってくるようなら……相手になるぞ」
狼は野生の本能というのだろうか、一瞬だけ俺の圧力を感じたのだろう。怯んだように見えたが、それでも俺に向かって牙を剥く。
「スキルを使うまでもないか? それっ!!」
俺は飛びかかる狼を右に左に切り捨てる。
思った通り、斬っても斬っても次から次へと飛びかかってきて、まったく終わりが見えない。
「これは疲れる。どれだけいるんだ、この狼どもは」
狼の死骸が山のように積み上がっていく。それでも狼が死を恐れずに襲ってくる。
「いや、これは恐れ知らずというよりは……」
「どうしたのゼロ」
「恐れているから襲ってくるんじゃないかなって思ってな」
「え?」
狼たちは引き下がろうとしない。少し後ずさろうとすると、なにかに怯えるかのように俺へ向かってきて斬り殺されてしまう。
「後ろにいるなにかを恐れている……」
俺は狼を斬り払って歩き出す。狼が出てくる場所に向かって森の奥へと進む。
「ゼロ、どうして狼がいる方へ行くのよ」
「その先になにかあるんだ。狼どもはそれを恐れている」
「恐れている?」
「そうだ。死よりも恐ろしいなにか……あれか」
狼どもが群れをなしている所に、赤く目を光らせた一回り大きな狼がいた。
銀色の体毛を逆立てて大きな狼がうなり声を上げる。
「こいつが……親玉か」
馬のように前脚で地面を掻いて威圧するようにうなると、周りの狼たちがビクッと身体を反応させて巨大狼から一歩身を退いた。
「この親玉が狼どもを仕掛けていたようだな」
「こいつをやっちゃえば、もう襲ってこないかな?」
「多分な……いや、どうだろう」
巨大狼が吠える。ただの狼が吠えるというよりは、ドラゴンの咆哮にも似た圧力がある。
「悪くない。かかってこい」
俺が剣をちらつかせると、巨大狼が跳びはねて襲ってきた。
「ゼロ、もしかして!」
「ああ、こいつは……」
俺は剣を構えて巨大狼をはねのける。
「やはりな、円の聖櫃を突き抜けてきやがった。こいつ、魔力を帯びていやがる」
魔力がかかった狼が俺たちに襲いかかってくるが、その飛びかかってきた脳天に剣を突き刺した。
剣が脳天を突き抜けアゴを通して胸にまで届く。
「それっ!」
俺が剣を下に切り下ろすと、巨大狼の腹が割けて真っ二つになる。斬られた腹からは内臓が吹きだして辺りを真っ黒に染めた。
「その程度の魔力付与じゃあこの剣にはかなわないな」
俺は剣を振って血を払うと、鞘に納める。
周りはもう狼たちはいなくなっていた。
「やっぱり親玉が狼たちを操っていたのね」
「そうだな。これで無駄に攻撃してくる事もなくなるだろうが」
俺は辺りを見回すと、それまで倒した狼の骸が折り重なって転がっている。
「ふうむ、狼の毛皮っていうのもこれだけ集まればいろいろと使えそうだな」
「うん……あれ?」
「どうしたルシル」
ルシルが巨大狼の腹を探っていた。
「あっ……」
「なにかあったか?」
「これ」
ルシルは巨大狼からなにか小さな塊を取り出す。
それは薄く曇った黒い塊だった。