燃える火を見つめて
俺は何度となく咳払いをする。
「あー、ごほん」
「うんうん、私は解っているからねゼロ」
木を組み上げて建てた小屋。屋根もあって一応は小屋の体裁は整っているし、入り口も確かにある。
「折角建てたのに入り口を造るのに剣で切りつけるとは思わなかったけどさ」
「う……」
「ちゃんと小屋を壊さずに入り口だけ造れたのはすごかったよね」
「うん……」
部屋の真ん中に囲炉裏を造って火が燃えていた。
夜になるとこの辺りも涼しくなるらしい。海に近いし、周りには風を遮る物はなにもないから。
俺には温度変化無効のスキルが常時発動しているから暑さ寒さは感じられないのだが、ルシルが体調を崩しても困ると思って、寝泊まりする所だけはなんとか確保しようと思っていた。
俺たちは囲炉裏の脇に座って、ルシルの捕ってきた魚を焼いて食べている。
「だから大丈夫だよ、ね?」
ルシルは俺の頭をなでた。
俺はそのまま横に倒れ、ルシルの膝に頭を乗せる。
「なぁに? 急に甘えんぼさんになっちゃった?」
俺は無言で囲炉裏の火を見つめる。
パチパチとはぜる音を鳴らしながら薪が燃えていた。
「なあルシル」
俺は自分の頭をルシルに預けながら、ぼんやりと話しかける。
「なあに」
「んとさ……」
ルシルは俺の頭をなでながら俺の事を見ていた。
「重い?」
俺の問いにルシルは小さく笑った気がする。
「うん、重いね」
「そっか……。降りようか?」
パチン。
暗い夜のとばり。囲炉裏の火だけが俺たちを照らす。
「いいよこのままで」
「そっか」
俺はゆっくりと目を閉じる。髪を整えるようにルシルがなでてくれると、眠気とは違う安らぎが俺の中に広がっていった。
「もう食事はいいのかな」
「残したら痛んじゃうか?」
「うーん、一晩くらいなら大丈夫だと思うけど……」
焼いた魚がまだ残っているし、食べきれなかった貝も転がっている。
「じゃあ……Nランクスキル発動、氷結の指。凍らせれば日持ちするだろう」
俺が残った食料を凍らせ、氷の中に閉じ込めた。
直接囲炉裏の火に当たらないよう、ルシルが部屋の隅に追いやってくれる。俺が膝の上に乗っているからそれ程離れた場所へは持っていけなかったが。
「まあ、一晩くらいなら溶けないよ」
「そうだな……それに、もし痛んだとしたら畑の肥料にもできるからな」
「へぇ、こういうのも野菜の栄養になるんだ?」
「らしいな。昔ピカトリスがそんな事を教えてくれた気がする……」
俺はゆっくりと深呼吸して、ルシルに身を委ねる。
「みんな元気かな?」
「そうだな……殺しても死なないような奴らばかりだからな。なんとか生きながらえているだろうさ」
「うん……そうだね」
囲炉裏の火がだんだんと弱くなっていく。
「あ」
気になっていた事を思い出した。
「なに?」
「布団……ないな」
「あー。だね」
ルシルはまた小さく笑う。
「野宿が多かったから気にしなかったけど……寝具がないか。俺の工作で作っておけばよかったかも」
「ははっ、だねぇ。でもさ……」
ルシルはマントを羽織って俺の上に覆い被さる。
柔らかな甘い香りが俺の鼻をふわりと刺激した。
「ゼロはあったかさを感じないけど」
「あ、ああ」
「こうしていれば風邪、ひかないよ」
厚手のマントにくるまって、俺たちはひとつになって眠る。
夜は深く深く、風の囁きと波の音だけが俺たちを包み込んでいた。