再動する巨山龍
グレイドラゴンにとっては取るに足らない存在である人間の俺に対して、ここまで手こずるとは思っていなかっただろう。
「ぬぬ……まさかこんな奴にここまで面倒な事になるとは……」
「どうした、降参するのなら今だぞ」
「なにを言う。我がお前のような小蠅の相手をするなど、あってはならん事だ」
「ほう、それであればどうする?」
反応するかのように、地面……グレイドラゴンの背中が揺れる。
「もうよい。小蠅の一匹や二匹、我が構う事自体があり得ん」
「ちょっ」
「我の背に好きなだけおればよい。勝手にせよ」
それだけ言うと、グレイドラゴンは歩み始めた。
こいつの速度はかなりのもので、端から見ていればゆっくりにも思えるが、この巨体が動く速度だ。人が走る速度どころか、馬の早駆けでも追いつかないくらいだ。
ワイバーンのウィブが全速力で飛んで、どうにか勝てる速度。
「まずい、このままだとそう時間もかからずにマルガリータ王国にまで届いてしまうぞ……」
とんでもない速さで山が動く。
「ゼロ、またドラゴンが動き始めてる!」
ウィブに乗ったルシルが近くにまで降下してきて話しかける。
「判ってる。それにこの方角、マルガリータ王国に向かっているのも」
「どうしよう、ララバイたちに思念伝達で教えてはいるんだけど」
「逃げるにしても時間がないな……」
「見て!」
ルシルが指さす方向はグレイドラゴンの進む先と同じ。
そこには建造物が見えた。
「マルガリータ王国の国境を守る砦か」
兵の詰め所となる国境の砦。その城壁は三階建ての建物の高さくらいはあるが、グレイドラゴンにしてみれば爪の厚さにも及ばない程度だ。
「兵が出てきた……無理だ! お前たち逃げろっ!!」
俺は声の限り守備兵に向かって叫ぶが、地響きのせいで声が届いているかも怪しい。上を見ると、ルシルも思念伝達を使って呼びかけてくれているみたいだ。
守備兵たちはどうにか統制を取りながら撤退を始める。
「だが、逃げると言ってもどこへ行けばいいんだ……」
走って逃げた所でこのドラゴンの足にはかなわない。
「ルシル、思念伝達で伝えてくれ!」
「うん、なにを言う!?」
「俺が造る穴に飛び込めと!」
「判った!」
ルシルに連絡役を頼み、俺は遠目からスキルを発動する。
「SSランクスキル発動、豪炎の爆撃! 砦の前に穴をうがてっ!」
距離はまだ余裕があるが、それだけ俺のスキルを遠くまで飛ばさなくてはならない。ドラゴンの通過までの時間がそれほどないから、こればかりは気合いと魔力をつぎ込むしか。
「いけぇっ!!」
俺が放った爆炎が地面にぶつかると、そこに大きな穴ができる。
魔力の調整で、爆発の威力は強めにしたが、炎は巻き上がらないようにした。
「今だ、中に駆け込めっ!」
よく訓練をしているのだろう。砦の守備兵たちはルシルの号令を受けて穴の中に降りていく。
「ゼロ! 全員入ったよ!」
「よし!! SSSランクスキル発動、円の聖櫃! あいつらを覆う完全物理防御だ!!」
俺が守備兵たちを包むように虹色の魔力の膜を作る。
「円の聖櫃の中なら岩に押し潰される事はない! 俺の魔力を信じろ!!」
俺の叫びが聞こえたかは判らないが、守備兵たちの入った穴の上をグレイドラゴンが通過していく。
その勢いのまま、城壁を踏み潰して粉々にしてしまう。
「ルシル、兵たちの声は聞こえるか!?」
「うん! 暗くて不安みたいだけど、岩は入ってこないって」
「よしっ! 後はこいつが穴の上を通過すれば……」
だが、グレイドラゴンは俺の思い通りには動いてくれない。
「グッグッグ、ここで我が歩みを止めたら……どうなるかな?」
意地の悪い声で問いかける。
「別に、死地に臨んだ兵士が前線で死ぬだけだ」
俺はあえて冷静を装う。
「ほほう」
「兵士だから当然だ」
「グッグッグ、なるほどな。まあ我からすれば五十や百の小蠅が死んだとて、胸の棘は痛まぬがなあ!」
グレイドラゴンの下卑た笑いが俺の神経を逆なでさせる。
グレイドラゴンの動きが止まった。
「圧死、窒息死、それとも餓死か? どれだけ耐えられるか判らんが、我が覆い被さっている状態でどうするね、小蠅の力で」
守備兵たちがいる場所は把握している。そこにはドラゴンの後ろ脚が乗っかっていた。
「しれた事。動かんのなら……」
俺はドラゴンの後ろ脚に向かって駆け出す。
「どうする、小蠅よ」
「俺がどうにかするさ!!」