背中に飛び乗っての交渉
ウィブに乗って空へと飛び立つ。
確かにゆっくりだが、山が動いている。
「ほんの少しだけ、動き始めたんだよ」
「ドラゴンが隠れていたんじゃなくてこの山全てがドラゴンだったなんてな」
「この大きさなら踏み潰されちゃうのも判るけど、でもこれだけゆっくりだと逃げる時間はあったでしょうに」
「確かにな……ん?」
俺は足跡を確認した。移動を始めて新しくできた足跡だ。
「ルシル」
「なあに?」
「俺たちは空から見ているからあまり実感はなかったんだが、このドラゴン……動きはすごい速いぞ」
「え?」
俺はウィブに頼んで足跡のできたばかりの場所へ降りてもらう事にした。
「大丈夫?」
「平気だ。奴が急に後ろへ戻ってこなければ、だがな」
足跡があるという事は進行方向からは逆。そのまま進んでくれれば問題無い。
俺はウィブから飛び降りると、わだちのようになった足跡の上で直立不動の構えを取る。
「あ……」
俺の少し上にルシルを乗せたウィブが待機していた。
その目の前で、山との距離がみるみる離れていく。
「大きさに惑わされていた。あまりにも巨大で、少ししか進んでいないように思えたが、実際はとんでもない速さで進んでいたんだよ」
「本当だ……」
岩山にしか見えないドラゴンは、もうかなり前に進んでしまっていた。
「速いね……」
「ああ、かなりな。それで、だ」
俺はドラゴンに向かって走り出す。後ろからウィブが追いかけてきた。
「どうするのゼロ!?」
「一応は相手も知能のあるドラゴンだと思いたい。俺を喰った事は水に流して、平和的解決を交渉してみる」
「喰ったって、結局勝手にゼロが口の中に入っちゃったってだけでしょう?」
「うむ、そうとも言うが」
俺は走りながらグレイドラゴンを追いかける。ウィブが低空飛行をしてくれた所で、その背中に飛び乗った。
「ウィブ、急上昇して奴の背中、肩口当たりに行ってくれるか」
「承知。だが少し距離があるからのう、少々時間がかかりそうだのう」
「すまない、急いでくれ」
「全速力で飛ぶからのう、振り落とされないようにするのだのう」
ウィブは大きく翼をはためかせると、岩山の壁面すれすれに上昇する。
「ウィブ、気を付けろ」
「判っておるのう。アレだろう?」
ウィブが身体を大きく反らすと、岩山から突き出た棘がウィブの身体をかすめる勢いで飛んできた。
「しっかりつかまっているんだのう!!」
ドラゴンの棘がいくつも飛んでくる。ウィブは上手に飛んでくる棘をかわして上昇を続けた。
「危ないっ!」
ルシルの悲鳴が響く。特大の棘がウィブの腹に向かって飛んでくる。
「しまったのう、これは大きすぎて避けられないのう……」
「任せろっ! Sランクスキル発動、剣撃波! 岩の棘よ弾け飛べっ!!」
俺の放つ衝撃波が飛んでくる棘を粉砕する。
「俺も手伝うぞウィブ!」
「頼もしいのう」
ウィブに当たりそうな棘は俺が撃ち落とす。避けられる余裕がある物には手を出さない。
次々と飛んでくる棘も、俺たちには傷一つ付ける事はなかった。
「ドラゴンよ! グレイドラゴンよ!! 知恵と勇気があるのなら俺と話をしよう!」
俺は上空からドラゴンに呼びかける。
「グオッフォッフォッフォ、なにやら小蠅がわめいておるわ」
「グレイドラゴン! 俺の話を聞いてくれるか!?」
「グフッ、先は喰いそびれたが、その餌がなにを話すというのだ?」
グレイドラゴンは身体を引きずりながらも高速で動く。棘は相変わらず飛んでくる。
「まずはその棘を止めてもらいたい! 会談のためにも!」
俺は声の限り訴え続けた。
「話? 交渉? ふぅむ……」
ドラゴンの動きが少しだけゆっくりになる。
「ウィブ、今だ。ドラゴンと速度を合わせてくれ」
「承知した」
ウィブはドラゴンの動きに合わせて速度調整をしてくれた。
「なにかあった時は上空から援護を頼む」
「うん」
俺はそれだけ伝えて、ウィブの背中から飛び降り、グレイドラゴンの背中に着地する。
「さあ、交渉の時間だ」
ドラゴンの背中に乗った俺は、ドラゴンの声が聞こえるように首の方へと移動した。