裸の錬金術師
錬金術。無から金を創り出すための学問。それを修めた者が錬金術師だが、未だかつてその秘術を成し遂げるに至った者はいないという。
「錬金術って、人造人間……」
俺は確かめるようにルシルを見る。
「ええ、そうね。私たちの目的にも合っているかも」
人体を錬成する。それは錬金術師の見果てぬ夢、究極の目的。
人が人を造り出す、人が神となる瞬間である。
「それが本当であれば是非会ってみたいものだが」
「この村に錬金術師がやってきたとなると……やっぱり塩かな」
「恐らくな。俺たちも関係があると思って岩塩に目を付けたという事もあるが」
純度の高い塩分は錬金術師にとっても魅力的な素材なのだ。
「あの……」
シルヴィアが申し訳なさそうに話へ入ってくる。
「塩とか錬金術とか、どういうことでしょうか……」
俺は細かいところまで説明していなかっただけに、少し申し訳ない気持ちになる。
「シルヴィア、血をなめた事はあるか? 自分が怪我をした時に傷をなめて治そうとした事とか」
「ええ、ありますが」
「どんな味がした?」
シルヴィアが過去の記憶を呼び起こす。
「鉄の味、でしょうか」
「もうゼロ、そんな質問したら当然でしょ! 言いたい事は判るけど、聴くなら汗の味とかさ!」
「鼻水の味もにゃ~」
「ちょっとお前ら少し黙ってろ!」
騒がしくともその賑やかさが楽しく思えてしまう。
「えっと確かに、汗や涙はしょっぱい気がします。あ……」
「そう、人間の体液は塩分を含んでいるんだ。だから塩が取れるこのゾルト村の存在は、錬金術師それも人造人間を錬成しようとする者にとっては重要な場所なのだ」
もちろん海に行けば塩はたくさん採れる。だが内陸での塩は貴重だ。だからこそこのゾルト村、いや岩塩の鉱脈があるゾルト山に訪れたのだろう。
「シルヴィア、その錬金術師の話を詳しく聞かせてくれないか」
「はい……」
シルヴィアの重い口が開いた。
「あれは私がまだこの村で商人とはなんたるかという事をバイヤルさんに教えてもらっていた頃の話です。その時にふらりとやってきたのがぼろぼろの外套で現れた青年でした」
旅を続けていれば身なりも汚れてくるものだが。
「そいつは外套の下に何も着ていなかったのではないか?」
「ええ、外套だけを身にまとって、不思議な方でした」
これで想像が確信に変わった。
「ただその青年が持っていた魔導書だけが綺麗でした。古さはあるのに汚れやかすれたところはなくて、それでいて使い込んでいるような不思議な本でした」
「魔導書……それは革の装丁じゃなかったか」
俺は少し気味悪さを感じて聞いてみた。
「ええ、革でできた本でした。ゼロさんどうしてそれを?」
俺の想像は正しかったのかもしれない。
「シルヴィアがここで商売の勉強をしていたのは五年前。違うか?」
「ええ、そうですがなぜそれが」
俺には思い当たる節があった。かつての俺の仲間であり放浪の錬金術師。
そしてアリアの命を縛り付けた男だ。
「そいつは人革の魔導書を持つ男、ピカトリスの事だろう」