塩の後任を公認
元会長バイヤルの言葉がセイラに重くのしかかる。
「もう一度言います。セイラをゾルト村商会の次期会長としたい。その後見人として勇者ゼロ、あなたになっていただきたいのです」
何度聞き返しても内容は変わらなかった。
「後見人と言っても俺では何もしてやれないぞ」
「それは重々承知の上。あなた様のお名前をお貸し願えればそれで」
俺のそばに来たカインが猫耳娘の猫なで声で耳打ちする。
「商人にとって有名人の名前はとっても大切にゃ。名もない素人がその後ろ盾を得る事で絶大な信用を得られるのにゃ」
「そうなのか? だとすればいくらでも使ってくれたらいいが」
「でもそれは悪用されたら、有名人の方にも悪い噂がついて回る事になるにゃ。あんな悪い奴の後見人だからきっと悪い奴に違いない、とかにゃ~」
言われてみれば、信頼というものはそういう側面もあるな。
「ふぅむ、それもそうかもしれないが」
俺はシルヴィアの顔を見る。穏やかで安心している顔。
「いいだろう、俺が後見人になってやる。ただし悪事には染まるなよ。利益と正義のどちらかを選べという事になったら迷わず正義を取れ。それが条件だ」
「はい、ありがとうございます! いいなセイラ、お前がこれからの会長になるのだぞ」
「え~会長大変そうで嫌だなー」
「そうわがままを言うでない。ありがたくも勇者ゼロが後見人になってくださるというのに……」
バイヤルは目頭を押さえながらセイラを説得する。
「し、仕方ないわ、そこまで言われちゃ女が廃るってものよね。いいわ、やりましょうか」
腹をくくった商人は強い。真剣なまなざしを俺に向けてセイラが覚悟を決めた。
「勇者ゼロ、あなたの名に泥を塗らないよう、あなたの英名がより光り輝くよう祖父から学びました商いの全てを商会に捧げます!」
「それは頼もしい。遠く離れようとも俺の名が役に立てれば嬉しい限りだ」
バイヤルが本気で泣いている。
「ありがとう、ありがとうございます……。これでこのジジイはいつ死んでも悔いはありません……」
「バイヤルさん今倒れられては困ります。さあ先ずはゆっくりお休みになってください」
「すまないねシルヴィア」
「いいのですよ」
俺たちは商館の中を綺麗に片付けると、会長の部屋にあるベッドへバイヤルを寝かせた。俺は毒も抜けきらないバイヤルに心配かけまいと声をかける。
「バイヤルには養生してもらうとして後は俺たちに任せてくれ。な、セイラ?」
「え、ええ。それでいいわ」
なんだこの気乗りしない返事は。
それになんだニヤニヤしているシルヴィアの顔は。
「よく判らないがとにかく疲れた……」
俺も近くのソファーに腰を下ろすと、セイラが寄ってくる。
「そうだ後見人さん、今あんたたちが造っている畑なんだけどさ」
「おう、あれは順調だがどうした?」
「折角だからあの塩抜きの畑に造り方というか方式の名前を付けたいと思うんだけど」
命名か。それもいいかもしれないな。
「それで、どんな工法の呼び名にするんだ?」
「それはね、うちらゾルト村が誇る脱塩装置、その名も塩取りーナンバーワンとしたらどうだろう!」
「わ、わあ、それはいいねセイラちゃん」
形の上だろうか、一応シルヴィアはそう言ってくれる。表情は微妙だが。
「一連の畑に関わる作業一式ならアリかもしれないな……」
「ええっ、ゼロさんこれでいいんですか!?」
「なんだやけに突っかかってくるな。どうした、何かあったのか」
「い、いえ、別になんでもありません。ただ……」
いつになく言葉がどこかに引っかかっているようで、すんなり出てこない。
「エントリーナンバーワンという読み方は、一度だけ、たった一度だけ旅の錬金術師が使っていた言葉なのです」
「錬金術……」