ねぐらで寝ている赤い奴
歩く速度が遅いのは仕方がない。なにせ狭い岩の隙間を、身体をこすりながら進んでいくのだから。
ソウキュウは小さい身体を上手に使って奥へと進んでいくが、俺は一応大人の男だ。身体の大きさはパーティーの中でも一番大きい。
ララバイは元々吟遊詩人だったし、華奢な身体付きだし、ルシルやセシリアはまあそれなりに出る所は出ているが、骨格からして小さいからな。
「俺が行ければ、他の奴は……行けるってくらいのギリギリの隙間だな……」
俺がぼやくと前を行くソウキュウが振り返って反応する。
「あ、そうなのか。あたしは別に問題無く通れるが、そういう訳にもいかないみたいだな。どれ、あたしがその剣を持ってやろうか?」
「いや遠慮しておく。グラディエイトは俺と共に成長してきた剣だからな、そうやすやすとは他人の手には渡せないんだよ」
「別にあたしはいいけど。ここも狭くなっているから気を付けてね」
すいすいと進んでいくソウキュウをうらやましく思いながら、あちらこちらにアザと擦り傷を作って俺は進んでいく。
「ぶぎゃっ!」
いきなりソウキュウが変な声を上げて後ずさってくる。
当然俺にぶつかって、それ以上は下がれないんだが。
「なんだどうした?」
「く……」
顔を真っ青にしてソウキュウが俺の方を見る。
「だからなんだってんだ」
俺はソウキュウが安心できるように、肩を抱えてやった。
入れ替わってやる事もできないし、抱きしめてやるほどの空間もないから、これ以上どうしようもないのだが。
「く……」
「く?」
「くも……」
ソウキュウの口から出たのは、俺も聞き慣れた単語で、こんな岩の割れ目やジメジメと湿った場所にはいても当然な奴の名だ。
「蜘蛛? あの足が八本の?」
ガタガタ震えながらソウキュウは何度もうなずく。
「ドラゴンが恐れるくらいの蜘蛛って、いったいなんだってんだ……」
俺がソウキュウの肩口から見える所にいるのは、確かに蜘蛛。よく目をこらさないと見えない程度、小指の爪ほどの蜘蛛が岩壁を這っていた。
「あれか?」
ソウキュウは力一杯何度もうなずいた。
「なんだソウキュウ、あんな指先ほどの蜘蛛が怖いっていうのか?」
「だだ、だだだ」
「だ?」
「駄目な物は駄目なんだよっ! あたしだってブルードラゴンの端くれ、ちりあくたのごとき大きさの虫ごときに後れは取らん! だが、だがあれだけは駄目だ……あの足がいっぱいなのは……」
ソウキュウは本気で振るえているのが判る。
「あ、蜘蛛がお前の肩の所に」
「ふぎゃぁぁぁ!!」
無理矢理俺を押し出しても岩の割れ目から出ようとするソウキュウ。
「ちょっと慌てるなよ……フッ!」
俺はソウキュウの肩に乗っかった蜘蛛を吹き飛ばす。
風に飛ばされて蜘蛛はどこかに飛んで行ってしまう。
「あれは糸を吐くが、巣を作らない蜘蛛の一種だな」
「な、なにを冷静に……」
「もういなくなったから大丈夫だぞ」
「えっ……いや、本当か?」
涙目になっているソウキュウが俺を見つめる。
泣くのをこらえているソウキュウ。健気な少女の潤んだ瞳が、俺の視線と交わった。
「ほ、本当なんだな……?」
「ああ、もう飛んでいったぞ。お前の所にはくっついていないからな」
「そうか……」
深いため息をついて、ソウキュウは座り込んでしまう。
俺がソウキュウの頭をなでてやり、少し落ち着いた所でようやく息を整え始めた。
「お前、アレは平気なのか?」
ソウキュウは落ち着きを取り戻しつつ質問する。
「あー、俺、別に蜘蛛気にしないんだ」
「えっ!? 蜘蛛、気持ち悪くない!?」
「そうか? 言うほど気持ち悪くないけどな」
アラク姐さんもいる事だし、蜘蛛自体に恐怖はあまり感じない。
「ねえゼロ」
後ろからルシルが声をかけてくる。
「前が詰まっているみたいだけどどうしたの?」
「あ、いや大丈夫だ。別に事故や戦闘になったとかじゃなくて、ちょっとソウキュウが苦手な奴と出会ってしまったってだけでな」
「そうなの? 大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。そいつは飛んでいったからな。すぐには追ってこないだろう」
「ふぅん。まあいいけどね。そろそろ前、進んでくれるかな?」
ルシルは状況を知っているかもしれないが、今はまだ互いの事が深く判っている訳でもない。
「ルシル説明は後で。ソウキュウ、もう行けるか?」
ソウキュウは気持ちを切り替えて無言で進み始める。
蜘蛛が飛んでいった先、さらに広い通路が見えてきた。
「お、そろそろかな」
「なにが?」
ソウキュウは不思議そうな顔で俺を見る。
「まさか、蜘蛛!?」
「それとは別、もっと強い力を持った奴かな」
「どうして判るの?」
「う~ん、なんとなく。なにかの気配を感じたから?」
俺には判る、センスエネミーだけではない、なんとなくだが危険を察知する感覚がある。
精度は低いから頻繁には、たまに感じる気配のような物。
「ほらな」
岩の隙間から見える場所に、身体を丸めてうずくまっている赤い奴が見えた。
「レッドドラゴンだ……」
小声だが、ソウキュウの言葉が重々しく伝わってくる。
緊張感が俺に伝わってくるほどに。
だが、横になって寝ているのは、長く赤い髪でソウキュウと同じくらいの幼い女の子の姿だった。