力の空白地と弱者
結局俺たちがブルードラゴンの縄張りに行くまで、ダイアウルフにサーベルタイガー、メガプリマトス種の巨大な猿までがうろついていた。
「ドラゴンの支配がなくなったとたん、いろんな魔獣がやってくるのね」
ルシルは歩きながら銀枝の杖を振り回す。
さっき襲ってきたサーベルタイガーを撃退たばかりで、まだ戦闘の興奮が残っているようだ。
「そうらしいな。力の空白地には新たな支配者が現れようとしてくる。自然の摂理なのかもしれないが」
「でも、それだとララバイたちも安心して商隊を送り出せないよね」
一緒に付いてきているララバイは、戦闘が続いて疲労している。前屈みで歩くのがやっとの状態。ルシルが話しかけても、頭を上げられずに答えるのがやっとだ。
「そ、そうですね……。野生の狼くらいなら、商隊の護衛でもなんとかなるのですけど、流石にあの巨大な猿は、相当腕利きの冒険者でも雇わないと、無事ではいられないでしょうね……」
「かもしれないなあ……」
ダイアウルフだって群れをなしたら低レベルの冒険者では太刀打ちできないだろう。この辺りはドラゴンの根城だけあって、そこでも生息している連中はそれだけの実力を持っていたという訳だ。
セシリアもそこは理解しているようで、自分の剣を見て刃こぼれしていないか確認していた。
「全体的にレベルが高いからな、名剣でも細かい傷が付いてしまっている。今までそんな事なんてなかったのに」
「どれどれ見せてみろ」
俺はセシリアの持っていた剣を手に取る。
「ふうむ、刃が欠けていたりはしていないが……確かに細かい傷が増えたな。放っておくといつかはダメになるだろう」
「そうなのだよ婿殿。いい腕の職人に鍛え直してもらわないといかんな、これは」
「一区切り付いたらガレイズに戻って鍛冶屋に行くか」
「いいのか婿殿!?」
やたらと目を輝かせてセシリアが俺に迫ってきた。
俺は剣をしまってセシリアに手渡す。
「べ、別にいいが……武器の手当ては必要だろうからな」
「そう、そうなんだよ婿殿! いやぁ、言ってみるものだなあ!!」
なにかよく判らないがセシリアは嬉しそうだ。
「と、とにかくこれが片付いたら、なんだが……なあ、あれって……」
俺は荒れ地の奥を指さす。
海が近いのか、波の音と潮の香りがする。荒れ地は緩やかな上り坂になっていて、積み上げられた岩のような物が見えた。
「ちょっと近寄って……おわっ!?」
俺は足を踏み外しそうになる。
荒れ地が急に途切れていて、俺の一歩先には断崖絶壁が広がっていた。
「波で岩場が削られてこうなったのか……。崖沿いに、あの岩山を目指そう」
「うん、気を付けてね」
「ああ」
歩く左側が切り立った崖。俺たちは崖に気を付けながら、岩山に向かう。
「ねえゼロ、あの岩山」
「ああ、大きな岩が積まれているように見えるな」
「そこにいるあの青いの。もしかして……」
ルシルの指さす先、岩山の手前には小さな人影があった。
小さな青い服を着た少女。
俺にはそう見えた。