嵐の去った後に
運河の氷が溶ける。水はもとのように流れていき、徐々に透明度も増してきた。
「粉になって飛んでっちゃったけど、復活はしない……よね?」
俺たちの治療を終えてルシルが一息つく。
身体が渇いている状態では動きが遅くなる。知らないうちにいろいろな所に傷が付いていた。
「そうだな、この風に乗ってウォーテールたちの魂もねぐらに帰って行けばいいんだがな」
「うん」
一度渇いた大地は土ぼこりが舞うばかりで、それが風に乗って運ばれていく。
「雲もなくなっちゃったからね、雨が降るの……いつになるかなあ」
「これじゃあ作物も育たないよな」
「うん……」
俺たちがスキルで水を発生させるのにも限界はある。あまりにも広範囲なものになると俺たちでもどうしようもない。
「そんな事はありませんよゼロさん」
「ララバイ、来たのか」
「ええ」
戦闘が終結した事をララバイや町の者たちにも伝えていた。間もなくセシリアもこちらに合流できるようだ。
「倒したは倒したが、周りの被害も甚大になってしまったよ」
「いえいえ、ゼロさんのせいじゃありませんから。これもブルードラゴンがした事、いや、元を正せば私たちがドラゴンの縄張りを侵したから……」
「でもそれは仕方がないさ。やりたくて戦いになった訳じゃあないんだし」
「はい、ですが軽率のそしりはまぬかれません。人的被害も……かなりのものになってしまいましたし」
「ふむ……そればかりはな、反魂のスキルを持っている訳ではないからな。死者はよみがえらない」
「残念です」
運河を造っていた民たちにはかなり被害が出たようだし、この干ばつで発生する食糧不足による飢えも問題になるだろう。
「少なくとも道中の安全が確保できましたら商人たちも交易を再開するでしょう。そうすれば物流も回復して町も潤いましょう」
「だが、それまでは備蓄だけで生きてはいけないだろう」
「ええ……運河の水を使って近隣の畑に水を行き渡らせる事はできます。でも……」
ララバイは地面の枯れ草を拾い上げる。
完全に水分の抜かれた草は、カサカサと音を立ててララバイの手からこぼれ落ちていった。
「間もなく収穫時期になっていた作物はあきらめなくてはいけません」
「そうだな。近隣の町に応援を呼ぶか?」
「そうですね……こうなれば致し方なし、国庫からも資金を出して民の救済に充てましょう」
貴金属は水分に関係なく価値を保っていられる。かかる費用はそこから捻出するしかないだろう。
「それとどうする、ねぐらの事は」
「ねぐら?」
ララバイはピンときていない様子だ。不思議そうな顔で俺を見る。
「ブルードラゴンたちの縄張りだよ」
「あ、ああ!」
「恐らくウォーテールは父親かなにかなのだろう。一番先に倒した小さめのドラゴンが奴の子供だとして、まだ卵があったりドラゴンワームがいたりすれば、また襲ってこないとも限らない」
「た、確かに……」
「運河を掘っていた先に縄張りがあったんだよな?」
「ええ、その通りです」
地図を見せてもらった時に判ったんだが、この運河は上流の池から海までを結ぼうというものだった。今まではただの川だったところを、護岸工事をして船着き場なども整備するつもりだったらしい。
「川の流れる近くに大きな崖がありまして、どうやらそこを棲み家にしていたらしいのです」
「それまで近隣の者たちは気が付かなかったのか? 相手はドラゴンだぞ?」
「それがですね、この千年で川を行き来する者はいなくなったのかと」
「なるほどな。その間に奴らも棲み着いたのだな」
「ええ……」
千年という時は、やはりなかなかにして長い年月だったと。今さらながらに実感してきた。