塩の爺の辞意
頭突きをしてくるエッチョゴに膝蹴りを食らわせる。
鼻から血を噴き出しながら暴れ回るが、手で押さえようにも片腕は剣で斬り割かれた状態だ。
巨大化したエッチョゴでも腕を斬り裂かれれば悶絶するしかない。痛いものは痛いのだ。
「痛みへの耐性が強化されていたらこうはならなかっただろうな。攻撃の強化はできたとしても」
もだえながら転げ回るエッチョゴの姿は既に戦う者のそれではない。ただ苦痛を少しでも和らげようと転がっているに過ぎなかった。
「もう終わりにしてやる」
俺はエッチョゴの頭を足で押さえると剣を突き刺す。
エッチョゴはため息とも取れそうなうめき声を少しだけ漏らして、その動きを止めた。
静まりかえる館の中。
聞こえるのはまだ息のある荒くれ者どもが苦しむ声だけだった。
「ゼロとやら、今回は迷惑をかけたな。ごほっごほっ」
バイヤルが俺の前に来て、苦しそうにそれでも威厳を持った態度で謝罪する。
「情けない話、エッチョゴを制御できなかったこのジジイが悪いのだが、奴にしてやられてしまった」
「おじいちゃんが悪いんじゃないよ! 悪いのはエッチョゴだよ!」
セイラがバイヤルをかばう。
「いや、ゾルト村の商会の者が迷惑をかけた。誰であろうと村の者が外の方に不利益を与えてしまったことにはけじめをつけなくちゃならん」
「おじいちゃん……」
バイヤルは肩を借りていた二人を振りほどくと、床に手をついて頭を下げた。
「シルヴィア、いやシルヴィアさん。あなたの隊商に迷惑をかけてしまいました。詫びだけでは済まないとは思いますが、なにとぞここは穏便に済ませていただきたい」
「バイヤルさんやめてください。お顔を上げてください」
突然の土下座にシルヴィアが驚く。
「脱塩の支援は引き続きさせていただきます。それに商会の件はゾルト村の中の話。実害はありませんでしたので、謝罪や賠償は必要ありませんから」
「そうは言われましても」
「困りましたね……」
仕方がない、俺がひとつ助け舟を……。
「それならさシルヴィアさん、これからは岩塩を勇者価格で売ってもらったらどう!?」
ルシルが素晴らしい提案をしたと言いたげな顔をする。
「それはいいお考えだ。シルヴィアさんどうだろうか。岩塩ならばいくらでも持って行ってくださって構いませんぞ」
「ですが、いただいた物を他で売るなどと……」
「ええ、それでしたらお代はしっかりいただきますから。通常価格の九割引で」
無償ではないというところは商人のこだわりなのかもしれない。
「判りました、それではお受けいたしましょう。ただし、これは私が直接仕入れる時のみの約定とさせてくださいね」
「よろしいのですか、それで」
バイヤルにしてみれば、シルヴィア本人ではなくとも手形でもあれば値引きに応じるというつもりだったようだが。
「はい、それで結構です」
「よ、よかったわねシルヴィア」
セイラはシルヴィアの事をあんたと呼ばなくなったのか。
「うんセイラちゃんもありがとうね」
「う、うちは別に、なにもしてないんだから!」
「ごほっごほっ」
「大丈夫ですかバイヤルさん」
バイヤルのわざとらしい咳にあえて心配そうな顔を見せるシルヴィア。
「それでは話もまとまったところで、このジジイはやはり引退しようかと思っておるのだ」
突然の引退宣言がバイヤルから出た。
もう既にエッチョゴに実権を奪われていた事はさておきだ。
「そこでですな、実はゼロさんにお願いしたい事があるのですよ」
バイヤルは俺の目を正面から見据える。
バイヤルの口から出た内容に、俺は少し戸惑いを感じた。