行く先々で絡まれる
俺たちはとにかくムサボール王国から出ることを目的として旅を続けていた。
「ゼロ~、今日は屋根のあるところで寝たいよ~」
「仕方がないだろ、この間だって宿屋を一軒壊して逃げてきたんだし」
「だって、それは私たちのせいじゃないもん、兵隊が追ってきたのがいけないんじゃん」
「そうは言ってもなあ……あ、あの先に村かな。家が何軒か見える」
「え、どこどこ? あ! ほんとだー! ゼロ、行こ行こ、すぐ行こう!」
そろそろ日も傾いてきていた頃だ。街道沿いの村だろうか、今晩休むには丁度良さそうだ。
「ほらぁ、置いてっちゃうぞ~!」
はしゃぎながらルシルが村へ向かって走り出した。
「その元気があれば大丈夫だな」
俺もその後を付いていく。
俺たちがたどり着いたのはマグレンという村。ここまで続く街道は、王都からいくつもの貴族の領地を抜けて通っているもので、人の行き来はそれほどではない。
だが辺境に近いこともあって王国外からの出入りもあるようだった。
そんな村だから、ムサボール王国にあって異国情緒の感じられる品々も見受けられた。
旅の行商人や隣国の交易商人などがいれば、護衛として道中を共にすることもあるだろう。いい仕事の口があるといいのだが。
「いらっしゃい、お泊まりで?」
酒場兼宿屋に入ると、人懐っこそうな中年の親父がカウンターから話しかけてきた。
派手さはないが、小綺麗にしていて居心地は良さそうだ。
「ああ、一番安い部屋でいいんだが、空いているかな?」
「空いているといえば空いているんだけどね、大部屋で他の旅行者さんたちと一緒なら入れるけど、どうかな。それとも個室がいいというのなら、一番高い部屋になっちまうけど」
「ゼロ、私個室がいい~」
「じゃあ、大部屋二人で頼む」
「え~!」
ルシルが不満で頬を膨らませるが俺はそれを無視して宿泊の手続きを進める。
「酒場は賑わっているようだが何かあるのか?」
「へえ、今日は税の取り立て人さんたちがお泊まりでね」
「宿の隣に停めてあったあの荷車か」
「そうなんだよ、まあうちとしてはお客さんなんで悪くは言えないんだけどさ、お役人さんってのはどうも俺たち庶民を見下しているというか、なんか偉そうに命令するんだよな」
「なんとなく判るよ。大変だな親父さんも」
「これも商売でさ。じゃあ酒場に行ったら好きなものを注文してくれ」
「ああ、ありがとうな。行くぞルシル」
俺はルシルを連れて酒場に入る。酒場もそれほど広くはなく、丸テーブルがいくつかとあとはカウンター沿いに椅子が並んでいる。
「まともな食事も久し振りだね、ゼロ」
「そうだな。今日はゆっくり休むとしよう。まずは飯だな」
酒場は宿屋の親父が言っていたように、役人たちが数人集まって大騒ぎをしていた。
「あ、あっちのテーブル空いているよ」
俺とルシルが壁際のテーブルに着いたところだった。
「兄ちゃんたち旅人かい? せっかくだ、何か面白い話を聴かせてくれよ。礼なら酒をおごってやるからさ~」
酔っ払っている役人の一人が俺に話しかけてくる。しゃべるだけでも息が酒臭い。まだ日が暮れたばかりだというのにどれだけ飲んでいるのだろうか。
「私たちは旅の護衛でして、吟遊詩人とは違って特に面白い話などは……」
断ろうとした俺の頭にエールがかけられた。役人の男が持っていたジョッキが俺の頭の上で逆さまになっている。
「つまらない話だなぁ。はいっ、礼の酒一杯。おやぁ、もう空になっちゃって、飲んべえだな兄ちゃん! だーっはっはっは!」
俺の髪からなにから、エールでびしょ濡れだ。
「疲れているんだ、面倒ごとは勘弁してくれ」
「そんな言い訳を聞きたいんじゃないんだよ、この俺、コクーバウ様はさぁ! こっちの頭はいい音が鳴るかなぁー?」
コクーバウは空になったジョッキを振り回してルシルの頭を叩こうとする。させじと俺は座っているルシルに覆い被さった。
「ゼロっ!」
俺の後頭部をジョッキが直撃して砕けた。