治水工事
俺とセシリアが見たのは、建設途中の運河へ群がるように折り重なる死体だった。
「なんだってこんな……酷い」
セシリアは手で口を押さえて言葉を飲み込む。
俺はすぐさまルシルとウィブを呼び戻す。
「上空から見ていたよ!」
降り立ったウィブからルシルが冷静に状況を分析する。
「ドラゴンのせいかな、たくさんの人が川に水を求めて……」
「だが水がない。建設中といっても護岸工事をやっている程度。ここまで水がない状態というのもおかしい」
「そうだね、岸の整備くらいの工事で水を抜くのはやり過ぎかもしれないね」
「ああ。だがこれが水を抜いたのではなくて、川がひからびたのであれば」
「……これもドラゴンの」
俺はルシルの言葉にうなずく。
「ブルードラゴンは嵐を操ると聞く。それにあの戦いで判ったことは、周辺の水分を吸収できるという事だ」
「水分を吸収!?」
ルシルとセシリアが驚いて俺を見る。
「ああ。あの攻撃を受けて判った。奴は周囲の水分を吸い取ってしまうんだ。それをブレスに変えて攻撃をしてくる」
「でも、川の水を全部吸い取るなんて」
「だからかもしれないな、かなり疲労して一度撤退したのだろう」
「逆に言えば川の水を全部使い切るくらいじゃないと疲れないって、すごい体力だよ……」
俺たちが川べりで話をしていると、城の方から兵の一団がやってきた。
「ゼロさん! 来て下さったのですか!」
一団の先頭にいるのはマルガリータ王国の国王、ララバイだ。
後ろに続いている兵たちが川に降りていき、折り重なっている死体を引き上げ始める。一緒に持ってきている荷台に載せるのだろう。
「ララバイ、久しぶりだな」
「城の近くでブルードラゴンと戦っているとの報告がありましてね、急ぎ駆けつけました」
「国王が最前線に出てきてはいかんだろう」
「それはゼロさん、あなたも同じですよ」
軽口を叩くが目は笑っていない。真剣な顔でララバイはそう指摘する。
それも当然か。目の前で国民がこれだけ殺されたのだ。
「国民が集中しているのはここで工事をしていたのか?」
「はい、運河を造る事業でして、作業員が集まっている所へあのブルードラゴンが襲ってきたのです」
「それでこの被害か。運河事業とはな」
「マルガリータ王国は水の便がよろしくない。行き交う商人たちまで賄うには井戸だけでは足りなくなってしまいましてね」
「それで飲料用水の引き込みと水路での運搬を考えての工事か」
「その通りです。が……」
ララバイはブルードラゴンが飛び去った西の方を見る。
「その工事がブルードラゴンの縄張りを侵したらしく、あのブルードラゴン、ウォーテールが襲ってくるようになったのです」
「縄張りか」
「はい。どうやらあのブルードラゴンはプライドが高く、縄張り意識が強いらしいのです。ほんの少し境界を侵犯しただけでも、その相手を滅ぼすまで戦いを止めないという伝説があるくらいに」
「そんなに大変な奴から目を付けられてしまうとはな」
「はい……」
力なくうなだれるララバイ。
「共生の目はないのだろうか」
「それが、貢ぎ物や緩衝地帯の提案なども行ってはいたのですが」
「駄目だったか?」
「ええ」
なるほどこれはかなりドラゴンの頭も固そうだ。
「一度痛い目を見せて、それでも戦うようなら退治することも考えなくちゃならないな」
「でもさゼロ、さっき戦ってシワシワにされちゃったでしょ。勝ち目なんてあるの?」
「う、うん……考える」
俺は奴に対抗する方法を考えようとして、青く広がる空を見上げた。