寂れた猟師の村
俺たちは一旦森を出る。水質調査に行っていたセシリアも戻ってきて、三人でアラク姐さんたちが避難している村へと向かった。
「ゼロ、そこって人身売買していた村じゃなくて、一時的な避難場所なんだよね?」
「そうらしいな。元々は猟師が使っていた小屋だったみたいだが、ほら、森の動物が一切いなくなったから」
「猟師が別の場所に移り住んだ、その空き家を使ったのね」
「ああ。だがあれだな、一応アラク姐さんたちは人身売買をやっていたんじゃなくて、捕らえられていた人たちを解放して自由にしていたんだぞ。持ち帰ったのは木彫りの工芸品とアラク姐さんが造った偽物のコインだし」
「そうね、人助けね。動機がゼロに会うためっていうのが気に入らないけどね~。あんな美人に想われて、ゼロも嬉しいでしょ~?」
ルシルは歩きながら俺の腕をつねる。
「いたっ! ててて……そんな事ないよ」
「本当かなぁ。まあいいけどさ」
俺たちの様子を見て、セシリアが苦笑いをしていた。
森を抜けてそこそこ歩くと、アラク姐さんと約束していた村へ到着する。
「待っていたよゼロちゃん!」
アラク姐さんがいきなり抱きついてきた。人間の形をした両腕だけではなく、背中から生えている蜘蛛の脚四本も使って俺に抱きつくものだから、がっちりつかまれて逃げる余地がない。
アラク姐さんは巧みに俺の頭を抱え込んで胸に押し付けてくる。
ふわふわとした柔らかい感触が顔を包み込み、徐々に顔が火照ってきた。
「おいアラクネ! 婿殿を放せっ! 苦しがっているだろうが!!」
セシリアが怒った様子で詰め寄る。
「あらぁごめんなさいねぇ。つい獲物を捕らえた時みたいにつかみかかっちゃって」
「なんだとぅ、俺の婿殿を獲物扱いするとは! よかろう、ここで成敗してやるぞアラクネっ!!」
セシリアは俺とは別の意味で顔を真っ赤にして、今にも斬りかかりそうになっていた。
「ぶはっ!! ま、まあ待て、待ってくれ! アラク姐さんも、放してくれ、な!?」
俺は力尽くでアラク姐さんの抱擁から逃れようとする。
「残念……。でも、また後でね、ゼロちゃん」
アラク姐さんは妖艶な笑みを見せて俺から離れた。
「あー、ごほん。えっとだな、アラク姐さんに確認したいことがあってだな」
「なになに? アラク姐さん、ゼロちゃんにならなんでも答えちゃうわ~。好きな糸の太さとか、粘着度合いとか、どう吊るされたいのか、とかとか~! キャー!!」
一人盛り上がるアラク姐さん。
「いや、そういうのじゃなくてさ。ドラゴンの事なんだけど」
俺は一番疑問に思っていたことをアラク姐さんに確認した。
「なんだ、そんな事?」
「大事なんだよ。俺もまったく判らなくてさ」
「あら! それならアラク姐さんがいろいろ教えてあげられるわね。いいわ、ちょっと座って話をしましょうか」
俺たちはあからさまに上機嫌になっているアラク姐さんにうながされて、一軒の小屋に入っていく。
最低限の補修はしているものの、あまりしっかりと手入れのされていない小屋だったが、急場しのぎには丁度いいのだろう。
小屋の中は天井に空いている穴から漏れてくる日の光で明るくなっていた。