偽りの金貨
気が付けば洞窟の中は人々でぎゅうぎゅうになっていた。
俺とルシル、セシリア。そしてアラク姐さんとデュビアがいて、あとはドラゴンからくすねてきた、いや、救助した村の人々。表に出てきた男たちだけではなく、女子供も集まってきていた。
「結構な人数だな」
俺の疑問にアラク姐さんが平然とした顔で答える。
「近隣の村々から連れ去られた人たち……そうねえ、三十二人はいるかしら」
「またしっかり数えているな」
「もちろんよ。表向き奴隷商人を名乗っているんだもの、人数は把握しておかないと怪しまれるじゃない」
「そんなものか」
「そんなものよ」
連れてこられた人たちはアラク姐さんのお陰でドラゴンの息がかからない所まで逃げられた訳だ。今いる三十二人は次の逃亡を準備している所だという。
「だがアラク姐さん」
「なんだいゼロちゃん」
「どうやってドラゴンの巣穴から人々を救い出すんだ?」
「別にたいしたことじゃないわよ」
アラク姐さんは手にした袋を俺に投げてよこす。
袋はかなりずっしりと重く、中に金属の音が聞こえた。
「これは?」
「金貨よゼロちゃん」
「こんなに大量に、か?」
「そう」
「でもこれだけの金貨、どうやって……」
アラク姐さんは洞窟の床をほじくると、背中から生える蜘蛛の脚で丁寧に磨く。
「えっ!? なんで!?」
アラク姐さんが石を磨くと、それが金塊のようにまばゆく光り始めた。
「別にこれは金じゃないけどね、こうやるとすごく光るんだよ」
「磨いているだけでか……凄いな」
「これを金貨に見立てて袋に詰めているだけさ」
アラク姐さんは別の袋に入った石を取り出す。確かに磨かれただけのただの石だ。
「こんなんでドラゴンが騙されるってのか?」
「さあどうだろうね」
「どうだろうって……ドラゴンは金貨とか財宝の事になるとそれこそ目の色を変えて集めるんだろう?」「そうだねえ」
「そんなに金貨のことを気にするドラゴンなんだから、偽物なんてすぐにバレちゃうんじゃないか!?」
アラク姐さんが肩をすくめる。
「それが今まで上手く行っていたんだよね。ドラゴンの奴、騙されまくっていて、それは今も継続中なのよ」
「そんな事って……」
俺はにわかには信じられなかったが、アラク姐さんがそう言うのだから間違いないだろう。
その根拠は、人々がドラゴンの巣穴からこうやって脱出できているという事だ。
「じゃあ次も?」
「そうよ。まだまだ助けなくちゃならない人たちがいっぱいいるからね」
俺はその言葉を聞いて疑問が湧いてくる。
「でもさアラク姐さん」
「なあに?」
美人過ぎる笑顔がまぶしい。
「どうして人間を助けようとするんだい? アラク姐さんにとって人間はそこまで価値はないんじゃないか?」
「う~ん、そうかもしれないけど……」
「けど?」
アラク姐さんは照れ隠しのように頭をかいているが、その顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。
「ゼ、ゼロちゃんが来るかな、って思ったんだよ! 人間を助けていると、ね!!」
そう言い放つアラク姐さんの姿を見て、俺も顔が熱くなるような気持ちになった。
「ゼロちゃんに会いたいと思ったからさ、ここ三百年くらいかな、人間たちが助かるようなことを続けていたんだよ」
「そ、そうなのか」
「こうやって会えたのは、本当に嬉しいよ!」
アラク姐さんが俺の事を力一杯抱きしめる。
俺に押し付けてくる胸の膨らみ、そしてふわりと漂う甘い香り。
おもわずうっとりとして全身を預けてしまう。
「会いたかったよ、ゼロちゃん」
俺に顔をスリスリしてくるアラク姐さんの後ろにルシルの影が見えた。
「あいたたた!! 痛い! ちょっと痛いよルシルちゃん!!」
「いいから、離れなさいっ!!」
「判った! 判ったから!!」
蜘蛛の脚を変な方向へとねじ曲げられて痛さに苦しむアラク姐さん。
もちろん俺からは離れてしまっている。
「まったく、油断も隙もないんだから!」
「ごめんねルシルちゃん」
「すまん、ルシル……」
なぜか俺も謝ってしまう。これは仕方のない事だ、そう自分に言い聞かせて。