捕らえられた村人たち
アラク姐さんの後ろに人影が見える。
「ご覧の通りさねゼロちゃん」
明るい所へ人影が進み出ると、それは衣服がボロボロながらも元気がありそうな男たちだった。
そいつらは手に武器を持って俺たちににらみを効かせる。
剣や槍、クワなどが俺たちに向けられた。
「おやめなお前たち!」
アラク姐さんの厳しい声に、男たちが身をこわばらせて武器を下ろす。
「悪かったねゼロちゃん、アラク姐さんはゼロちゃんと事を構えるつもりはないんだよ」
アラク姐さんは両手を広げて戦う意思がない事を訴える。
「だが……だとしたらデュビアが言っていた奴隷商人っていうのは」
「それはだね」
アラク姐さんがしゃべりかけた所でデュビアがさえぎった。
「お母さん! 近くの村から人間を捕まえて遠くの町に売りに行くんでしょ!? そうやってあたしたちは人間を売ってきたんだから!!」
デュビアが涙ながらにアラク姐さんに詰め寄る。
「デュビア……」
男たちの中から老人が現れ、デュビアに近付いてきた。
「デュビアちゃん、すまないねえ。儂らがあんたのお母さんが言うことを信じなかったばっかりに、あんたにまでこんな辛い思いをさせて」
老人は膝を付いてデュビアと目線を合わせる。
「な、なんだよ! 奴隷のくせに!! あたしに意見なんて十年早いよ!!」
「ふぁっふぁっふぁ、儂はその十年よりも何倍も生きておるがなあ」
「う、うるさいっ!!」
デュビアは老人の肩をポカポカと叩く。
「確かに儂らは奴隷じゃった」
叩かれながらも老人が話し始める。
「儂らはこの近くに住む村の者じゃ。じゃが、数カ月前に突然現れたドラゴンに村人全員つかまってしまっての」
老人は膝を付いた状態で俺の方を見て話す。
「ドラゴン?」
俺はため息が出るのを止められなかった。
「またドラゴンか……とはいえ、今まで戦っていたのは天界のホワイトドラゴンだったが……」
俺は仕方なしに老人の話を聞く。
「それで、ドラゴンにつかまったお前たちはどうしてここにいるんだ?」
「ああそれはじゃな、儂らはこの森の近くで暮らしておったんじゃが、ある日ドラゴンがやってきてな。あれは本当にいきなりじゃった」
「なにがあったんだ」
「ドラゴンブレスで村が破壊され、村人もかなり殺されてしもうた」
老人は目頭を押さえて小さく肩を震わせる。
もうデュビアは老人のことを叩いていなかった。
「生き残ったわずかな村人はドラゴンにうながされるまま、森の奥の……こことは別の洞窟に押し込められたのじゃ」
「それで奴隷に、という訳か」
老人はゆっくりとうなずいて俺の考えを肯定する。
「それを助けてくれたのがこのアラクネじゃよ」
「アラク姐さんが?」
「ああ。ドラゴンと交渉して儂らを近くの町に売り飛ばすと偽って、ドラゴンのねぐらから助け出してくれたのじゃよ」
「なるほどな。だが、それならデュビアに本当のことを教えればいいだろうが」
詰め寄る俺に対して、老人はうつむき、アラク姐さんは天井の方へ視線を泳がせていた。
「すまなんだなデュビアちゃん。儂らがしっかりしていなかったせいで、デュビアちゃんに嘘をおしえてしまったのじゃからな」
「嘘、だって?」
「そうなんじゃよ。ドラゴンに嘘がばれないようアラクネの娘さんが奴隷商人を装ってくれたんじゃよ。デュビアちゃんは素直じゃから、本当のことを言えずにいたのは済まんと思っておるのじゃ……」
老人は手をついてデュビアに向かって頭を下げる。
「そ、そんな……お母さん……」
「デュビア、ごめんなさいね。あなたを一人にしておくこともできなくて、でも共にいるとなればドラゴンに、あの知能の高いいにしえの生物に悟られないで事を運ぶため、あなたに嘘を教えていたの……」
「お母さん……。じゃあ……」
デュビアは目をこすって流れる涙を押しとどめようとしていた。
「あたし、人を売っていたんじゃないのね? 人を助けていたのね?」
「そうよデュビア……。ごめんなさいね、あなたにはもっと大きくなってから話そうと思っていたのだけれど」
デュビアは握りこぶしを作ってうつむいている。
「ごめんなさいねデュビア、お母さんもっとあなたに、ぶぎゃっ!!」
しゃべっている途中のアラク姐さんがのけぞった。その美しいアゴにデュビアの拳が下から突き上げられたのだ。
アゴを叩かれてそのまま仰向けに倒れるアラク姐さん。
「判ったわお母さん。この一発で許してあげる!」
「そ……そう、デュビア……ありがとう……ね……」
それだけ言い残してアラク姐さんは気を失ってしまった。
「よかった、あの子たち……クーヘンやバウムたちも無事なのね……」
デュビアはアラク姐さんを殴った拳を胸の前で抱えて、安心したように息を吐く。
「おい爺さん」
「なんじゃの」
「デュビアが言うクーヘンとってのはなんだ?」
「それか。それはな、以前儂らと共におった子供たちの名前じゃよ」
「子供たち……」
今ここにいないとしたら、デュビアはそのクーヘンとかバウムって奴らは奴隷として売られてしまったと思わされたのだろう。
それが自分の母親であるアラク姐さんが奴隷商人じゃなかったという事を聞かされ、混乱しつつもよかったと思ったようだ。
「あ、それとおじいちゃん」
「ほえ? ほわぁーー!!」
デュビアは老人の頭をこれでもかというくらい力一杯殴りつけた。
「はぁ、はぁ……これで許してあげる」
「……ふ、しゅ、しゅまんのう……」
容赦のないデュビアの鉄拳で老人も伸びてしまう。
「長!」
「長老!!」
周りにいた男たちが老人を抱えて介抱する。
ドラゴンにつかまった人間たち。どうやらこの森、ただ動物がいなくなっただけではなさそうだな。