円熟の乙女を熟女というのか
ほの暗い天井。蜘蛛の巣に覆われた洞窟。そして目の前にいる少女。
「お母さん! 獲物を連れてきたよ! 誘い込んできたよ!!」
少女は天井に向かって叫ぶ。
「最近全然獲物がいなかったから、見つけるのに苦労したんだよ!!」
少女、デュビアは目をキラキラさせながら声を張り上げている。
その頭には、くせっ毛のような長い髪が二本飛び出していた。
「デュビア、よく連れてきたね。お母さん褒めてあげる」
天井の塊が話しかける。
その声を聞いてデュビアの表情が晴れやかなものになった。
「うん! あたし頑張った!」
「いい子ねデュビア。よく頑張りました」
天井に張り付いている奴が少女を褒める。
なんだこの茶番は。
「おい」
俺は張り付いている奴と少女に向かって棘のある声を出す。
「どういう事だアラク姐さん、いや、アラクネ」
もう剣も納めて戦闘態勢は解除している。
「ふっ」
天井から鼻で笑う声が聞こえ、スルスルと糸でぶら下がってくる塊があった。
「ご挨拶じゃないかゼロちゃん。千年ぶりだって言うのにさ」
天井から降り立ったその塊は、見事なまでのプロポーションをした女性で、その姿は気品すら漂うような物腰だった。
その背中からは昆虫の脚が四本生えていて、糸が背後からつながっていたりもする。
「アラクネ」
「ちょっとゼロちゃん、アラク姐さんの事はアラク姐さんって呼んでくれなきゃ」
話をしようにも先に言われてしまう。
「う……アラク姐さん」
「うん、よし!」
かなり年数は経っているというのに、衰えるどころか美しさに磨きがかかっているかのような笑顔を俺に向ける。
まるで絵画から抜き出てきたかのような、万人が認める美人だ。
「ちょっとゼロ」
なぜかルシルが俺の腕をつねる。
「まあそれはいいとしてさ、久しぶり……って所じゃないよね、ゼロちゃん!」
虫の脚を背中に生やした美女が俺に抱きついてきた。
柔らかな素肌、魅惑的な胸元の膨らみ。それが惜しげもなく俺に押しつけられるのだ。
「ちょっとぉ、ゼ~ロ~!」
ルシルが俺の腕をつかんで引っ張るものだから、アラク姐さんの抱擁から外されてしまった。
「あらまあルシルちゃん、相変わらずねえ。千年前と変わらないじゃない」
「うるさいわね、この蜘蛛女っ!」
ルシルが口汚く罵っても、アラク姐さんは動じる様子もない。
「もう、いいじゃない。アラク姐さんにしてみればさ、す~っごく長い間おあずけされていたご褒美なんだもの」
小指を口にくわえて横目で俺を見るアラク姐さん。
心なしか、顔が少し赤らんでいるようにも見える。
「いーや、そうじゃなくって!」
ルシルは俺とアラク姐さんの間に立ちはだかってアラク姐さんの暴挙を防ごうとしていた。
「あんた、こんな小さい子に人身売買の手伝いをさせていたの!?」
俺たちがやっていた一連のやりとりを、ポカンとした顔で見ていたデュビアが、ハッと我に返る。
「お母さんどういう事!?」
「デュビア、きちんと説明していなかったお母さんが悪かったわ」
アラク姐さんがデュビアを抱きかかえた。
「奴隷を連れてくるのがあたしの仕事! お母さんがそう言ったからあたしは頑張ってきたのに! 奴隷と仲良くしているのはなんで!?」
抱きかかえられたデュビアがアラク姐さんを責める。
「そうだ、そこは俺も気になっていたんだ、アラク姐さん」
俺も状況の判断をしたい。こうなれば直接聞くまでだ。
「どういう事か、説明してくれないか。アラク姐さん」
俺の言葉を聞き、美しすぎる顔で俺を見るアラク姐さんが、ゆっくりと口を開いた。