奴隷商人と人身売買
奴隷商人の娘というデュビア。まだ幼いのか、あっけらかんとした顔だ。
「そうか、奴隷というのはこの辺りじゃあ聞かないが……セシリア」
「なんだ婿殿」
「俺の出した布告には奴隷制の廃止も含まれている。そうだな?」
「ああその通りだ。ガレイズの町でもそこは徹底させているし、奴隷商は見つけ次第逮捕、拘禁される」
デュビアは言葉の意味を理解できないかもしれないが、俺たちが厳しい言い方をしている事に驚いている様子だった。
「そうだ。奴隷商は捕まえる事にしている。だから俺たちの国では通行すら難しいはずだ」
「でもゼロ、奴隷売買ができる所なんて近くにはないよ」
俺は大きなため息を一つ吐き出す。
「俺たちがこの時代にやってきて世界を再構築し始めてはいるものの、まだ世界全体には行き渡っていない。近くの町をつなげて都市化をしているから、余計に地方へは目が届かない」
「昔だったらそんな事はさせていなかったのにね」
「ああ……」
俺たちの話している口調から、デュビアが少しずつ不安を溜めていったようだ。
「あ、あの……あたし、もうここでいいから……」
小さい女の子だというのに危険を察知したのか、デュビアは俺たちから離れようとする。
「どうしたデュビア。お前の村、えっと、スレバートといったか。その村へ送り届けてやろうというのに」
俺が手を伸ばすと、デュビアがその手を払う。
「いやっ!」
デュビアは森の中へと入ってしまった。
「待てっ! 森は危ないぞっ!!」
俺はデュビアの後を追って森の中に入って行く。草の擦れる音から、俺の後にルシルたちが付いてきているのが判る。
「待ってくれ! 悪いようにはしない! 話をしよう!」
俺はデュビアの通った跡を頼りに草をかき分けていく。
「いいよゼロ、奴隷商人の娘なんて放っておいてさ。追うだけ無駄だよ」
「だがな……」
「それに動物たちはいないんでしょ、この森。だったら危険はないんじゃないかな?」
「そうは言うけど……」
崖があったり沼地があったりすると、小さい女の子には十分危険だ。
それでも俺はデュビアが通ってできた折れた枝や倒れた草の跡をたどっていく。
「お母さんと言っていたが、それもどこまで本当なのか。デュビアこそ人身売買されている子供なんじゃないか?」
「どうだろうね。あの子の母親は本当に奴隷商人なのかもしれないし、それならあの子も奴隷を商品として扱っているなんて理解しているだろうけど」
「西の大陸、トライアンフ王国では奴隷制が撤廃された。その経緯もあってトリンプたちは奴隷を二度と使わないと宣言している」
「そうね、そういう事もあったわね」
トリンプたちは今の時代でも故郷に戻って国の再建を頑張っている。
「でもゼロ、私たちの目の届かない所で山賊とかが奴隷をこっそり使っているのかもしれないし、身売りはなくなっていないよ」
「でも摘発はしている。悪い奴らは捕まえているんだ」
「それでも隠れちゃったら見つけるのは難しいよ……」
「解っている……解っているんだが……」
俺はデュビアを追いながら、たまたま近くにあった木の枝をへし折ってしまう。
「痕跡は……この先だ」
森の中、少し傾斜のある岩肌に洞窟の入り口がぽっかりと空いていた。