商人の娘が森の中で
女の子はゆっくりと状況を把握したのか、慌てたり騒いだりすることはなくなった。
「それじゃあこの岩に座って……そう、落ちないようにね」
「はい……」
俺の言う通りに女の子は岩に腰掛ける。ボサボサの髪の毛が今までの大変さを物語っていた。
「俺はゼロ。この辺の草原に住んでいる冒険者、といってももう引退した身だけどな。そしてこっちの大きい女戦士がセシリア。こっちにいる杖を持っているのがルシルだ」
俺の紹介でルシルたちが軽く会釈する。ルシルの頭から小さい角が二つのぞく。
「角……魔族!」
女の子が驚いたような表情を見せた。
「た、食べられ……!!」
女の子が逃げ出そうとするが、セシリアが肩を支えているから動くことはできない。
「まあ落ち着いて」
セシリアが力づくで女の子を押さえつける。
「うーん、まあ魔族といえば魔族だけど、気にしないで。別に取って食べたりしないわ」
ルシルは自分の角を隠そうとはしない。昔も昔、王国から逃げていた頃は魔族ということを隠していた時期もあったが、今はそんな事をする必要もないのだ。
俺は女の子の視線に合わせるようしゃがんで顔を見る。
「俺たちは君をどうこうするつもりはないし、君も自由にしたらいい」
俺もまだ若いとはいえ女の子からすれば大人の男に思えるのだろう。おびえている感じは受けるが、口をつぐんで話は聞こうとしている。
「君は自由だし好きにできる。でもな、この森は少しおかしい。だから一人にするのは危険だと思う」
「うん……」
「だからどうだろうか、俺たちと一緒に森を出て、君の家まで送ろう」
ルシルたちは少し考えていたようだが、すぐ俺の意見に賛成してくれた。
「そうしましょう。この森を一緒に出ましょう。私たちが一緒なら怖いことはないから」
「ああ、そうだとも。この婿殿も俺も戦闘では負け知らず。護衛にしたらすごく心強いぞ!」
ルシルたちもそれぞれ女の子に語りかけることで、女の子の警戒心も徐々に解けていったようだ。
「それじゃあ一緒に行きましょうか」
「うん……」
ルシルが手を差し出すと、女の子はその手をつかんで岩から降りる。
「それじゃあ自己紹介してくれるかな。あなたのお名前と、住んでいる所」
「あ、あたし……」
「どの村か判れば送り届けてあげられるから」
「うん……」
女の子は胸の前で手を合わせてなにか考えるような仕草を取った。
「あたしはデュビア。スレバート村を拠点としている商人の娘」
「そうなんだ。スレバート、スレバート……ううん、私は場所知らないけど、ゼロたちは知ってる?」
ルシルが俺たちを見る。スレバート。デュビアと名乗る女の子の住む村か。
「俺も聞いたことがないな。なあデュビア、スレバート村っていうのはどの辺りにあるのか、近くに大きな街はあるのか、判るか?」
「うーん、あたしあまり詳しくなくて。お母さんと一緒に旅をしていたけど、街の名前とかは……」
「そうかあ。なあセシリア、ガレイズの町なら誰か知っている人がいるかな?」
ガレイズは、俺たちが城塞都市ガレイの跡地に造った町だ。やはりあの地は交通の要として商人が行き交うには重要な地理的条件を持っていた。
「そうだなあ、商人ギルドの連中に聞けば情報はあるかもしれない」
「俺たちの家からは少し距離があるけど、どうにかなるかな」
「ああ、大丈夫だろう」
セシリアがデュビアの隣で前屈みになる。
「ねえデュビア、あんたのお母さんはなにを売っていたんだい? それが判ると調べるのが楽なんだが」
セシリアはデュビアの顔を覗き込むようにして尋ねた。
デュビアは少しだけ目を細めて答える。
「お母さんは奴隷商人なの」
デュビアの口から出た言葉は、俺たちの予想している職業とはかけ離れたものだった。