酸っぱいものがこみ上げてくる奴
静かな森。聞こえるのは木のざわめきとせせらぎの声。
「生き物の声が聞こえないっていうのは、こんなに寂しいものなんだね」
ルシルが川原を歩きながら空を見上げる。砂利を踏む音が三人分。動物が鳴らす音は他に聞こえない。
「魚の身が溶け落ちてしまう程の酸性だ。上流になにかあるはず」
「だからかな、水の透明度が高いの」
「そうかもしれない。微生物も生きていられないくらいの、綺麗だがそれは死の水を意味している」
「死の水……」
川底まで見通せる透き通る水。まったく汚れていないのではなく、小さな虫や魚の餌になるような微生物もいないという事。苔や藻も生えていない、透明な水。
「ところどころの石からは泡が出ているみたいだよゼロ」
「石が溶けるくらいの酸か。噂に聞くグリーンドラゴンのブレスみたいだな」
「毒のブレスだっけ?」
「種族によって違うのもいるみたいだが、強い酸を吐く奴がいるという」
「酸……もしグリーンドラゴンが酸のブレスを吐くとしたら、ゼロはちょっと厳しいね」
茶化すようだったがルシルの視線は真剣だ。
「え? 婿殿はグリーンドラゴンを苦手としているというのか?」
「いや……そうじゃないんだセシリア。俺は完全毒耐性のスキルと温度変化無効のスキルを持っている」
「うん、それは知っている。それと火蜥蜴の革鎧で炎耐性も持っているよな」
「その通りだ。だが、もしグリーンドラゴンが酸のブレスを吐く奴だったら、俺でも溶けてしまう。さっき水に触れた時みたいにな」
「えっ……そうなのか」
俺は治癒をかけた自分の手を見る。もう傷は残っていないが、俺の身体が酸に冒されたという事だ。
「もちろん体力や防御力はあるから、すぐに溶けてなくなる訳じゃないけどな、こんなに強い酸性の川だったら、ずっと浸かっていれば俺だって溶けてしまうだろうな」
「へぇ……。意外だったな」
「そうか? 俺にだって弱点はいくらでもあるさ」
「そうじゃなくてさ、婿殿は俺にもそうやって弱い所を見せてくれるんだな、って」
セシリアは自分の発言で恥ずかしくなってしまったのか、そっぽを向いて無意味に頭をかいていた。
「川の上流といっても、この水量は結構あるからまだまだ先なのかもしれないな」
俺はあえて話題を逸らそうとして川の様子を話してみる。
「あ、ああそうだな。これだと向こう側に渡るのも簡単じゃないし……」
森の方を見ながら歩いていたセシリアの足音が止まった。
「どうしたセシリア」
「あ、いや……」
セシリアが森の方を指さす。
「あれ……」
セシリアに言われなければ見落とす所だった。
藪から少し出ていたのは人間の手。
「誰かいる、倒れているぞ」
俺たちは駆け寄って藪をかき分ける。
そこで倒れていたのは村娘の身なりをした女の子だった。