消えた動物の森
森の入って大分経つ。俺たちは昼食を取ってから獲物探しのために森へと入っていったのだが、これが難航していたのだ。
「ねえゼロ、森の中……動物が全然いない気がするんだけど」
杖で辺りの藪をつつきながらルシルが額の汗をぬぐう。
「なあ婿殿、痕跡が見つからない、というよりは獣道も動物の糞も古いものしか見当たらないのはいったい……」
セシリアも地面を調べながら状況を調べている。
「とりあえず森に入ればなにかいると思ったんだけどな」
「ゼロ、鳥……」
「ルシルも気付いたか」
俺とルシルが上を見て耳を澄ませていると、セシリアも同じように視線を上に向けた。
木々の隙間から日が差し込んできて、葉の緑と空の青が目に優しい。
柔らかな風が吹くと森全体がゆっくりと揺れるように思える。
「どうした婿殿、ルシルちゃん」
「解らないのセシリア?」
「え、どういう事……あ、もしかして」
セシリアは少しだけ腰を落として辺りをうかがう。
「鳥の鳴き声がしない……」
「ああ」
動物たちは本能で理解したのだろうか。この森に鳥や獣の気配がなくなっていた。
「獲物がいないどころじゃないな。近くに小川があっただろう。水場に行けばなにか見つかるかもしれない」
「行ってみようゼロ!」
ルシルは言うが早いか小川に向かって歩き出す。
「慎重にな」
「うん」
俺とセシリアもルシルに続く。
セシリアが言うように、獣道がだいぶ薄れてきている。動物たちが水場への行き来をしていたのがかなり前になるという事だ。
俺たちは草をかき分けて進むと、遠くから水の流れる音が聞こえてきた。
「もうすぐだよ……あっ!」
先に行っていたルシルが驚いて止まる。
「どうしたルシル」
「ゼロ……」
俺たちもルシルに追いついて藪を出ると、目の前が開けて川が流れていた。
山裾の方から流れていた清水が川を作っているのだが、その川に魚が何匹も浮かんでいたのだ。
「死んでるのかな?」
「みたいだな、まったく動く様子がない。これじゃあ魚を取り放題なんて言っていられないな」
「魚の死骸が浮いているっていうのに鳥も食べに来ないっていったい……」
「労せず獲物にありつけるという魅力よりも、もっと命に危険が迫っているというなにかを感じている、だからこそここにはいないのかもしれない」
俺は足下に流れてきた魚の死骸を見る。
「これは……」
「どうしたのゼロ」
「見てみろお前たち」
俺は魚の尻尾をつまんで持ち上げると、魚の身がボロボロと崩れてしまう。
「えっ!?」
「なんでだ!?」
ルシルたちも魚を取ろうと手を伸ばす。
「待て! 水に入るな!!」
厳しい声を上げて二人を制し、魚をつかんだ俺の手を見せる。
「あっ!」
「それは……」
俺の手も表面の皮がただれていた。
「ちょっと見てくれ」
俺は懐からコインを取り出し川に投げ入れる。
「えっ……」
川の中に落ちたコインから小さな泡が湧き出していた。
「これって……」
「焼ける水?」
二人の言葉に俺はうなずく。
簡易的な治癒を自分の手に施し、手の傷を修復させる。
「温度変化無効のスキルを持つ俺が、焼けるような痛みを感じた。これは温度によるものではないと思ったんでな、熱などではないとすると、焼ける水のせいかなと」
「焼ける水……酸ね」
「ああ。山から噴き出したり生物が生成する物もあるらしいが、これは強い酸が出ていると見た方がいい」
「でも別に空気や森にはそんな気配は……」
「そうだ。この影響は川で見られた現象。だが、もっと悪い事が起きるというのを動物たちが察知したのではないか」
獣の気配もなく、鳥の鳴き声も聞こえない森。
川では魚が死んで浮いている。
「死の森……まさかこんな近くの森が、こんなになっているなんて……」
「湧き水が怪しい。川の上流へ向かうぞ」
「うん」
俺たちは水がかからないように気を付けながら、川を右手に見つつ上流へと向かっていった。