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カレイドスコープ

 俺は大きく背伸びをする。白一色の天界には、もう敵対する奴はいない。


「ウィブ、頼めるかな」

「もちろんだのう勇者よ」


 俺はウィブのたくましい首に手を添える。

 喉を鳴らす猫のようにワイバーンのウィブが俺の身体に顔をすり寄せてきた。


「お前ともいろいろあったなあ」

「そうさのう、共にいなかった千年は長いものだったがのう」

「ははっ、だいぶ待たせた訳だ」

「まったくだのう。久しぶりに会った時はバタバタしていたからの、こんなにのんびりと話ができなんだわい」


 俺はウィブの首をなでてやる。

 遠い千年前、俺たちのいた世界と今をつなぐワイバーン。


「儂もあとどれくらい生きながらえるかは判らんが、またこうして冒険ができて嬉しかったのう、勇者よ」

「ああ。お前には助けられてばっかりだったな、ウィブ……」

「さあ、湿気た話はこれくらいにして、地上界へ降りるとするかのう?」

「もうひと頑張り、よろしくな」

「承知した」


 俺たちは来た時と同じようにウィブの背中に乗り、鞍にしがみつく。


「行くぞ皆よ!」

「ああ!」


 ウィブが俺たちを乗せて空中に舞い上がる。


「ルシル、ゲートを」

「うん。ディレクトリオープン!」


 ルシルが銀枝の杖を掲げて呪文を唱え始めた。


「チェンジディレクトリ、エスビン、ゲートアクセス!」


 ルシルが呪文を唱えると白い世界がまばゆさを増し、まともに見られないくらいまぶしく光る。


「ゆくぞい」


 ウィブが翼を動かす音だけが俺たちの知覚を刺激した。


「そりゃぁ!」


 急に生じる浮遊感。ウィブが急降下すると同時に空気の匂いが変わる。


「高い空へ……飛び出した」


 下降しているはずなのに高い高い空を飛んでいる状態。

 知らず知らずに俺は目を閉じていたみたいで、ゆっくりと目を開けて周りの景色を確認してみた。


「おお……」


 地上界。眼下に見える世界は俺たちのいた大地と海、そして点々と浮いている雲。

 よく知る世界が広がっていた。


「戻ってきた……」

「背中の皆は大丈夫かのう?」


 ウィブが飛びながら俺たちを心配してくれる。

 横を見るとルシルもセシリアも俺にしがみついていた。


「ああ、平気だ。無事突破できたな」

「ふむ。それはなによりだのう、うわっはっはっは!」


 笑い声と共にワイバーンは空中で一回転する。鞍にしがみついていた俺たちは高速で飛ぶウィブの背中で空中散歩を楽しんでいた。


「それそれー! まだ回るからのう!!」


 調子に乗るワイバーンとその背中で笑いながら叫び声を上げている俺たち。

 風景がめまぐるしく回転し、俺たちは万華鏡の中にある光る小石の気分を味わっていた。


「わはははは! 世界はこんなにも美しい。そして楽しい! なあ、そうだろうルシル!」

「きゃーーっ、もうそれどころじゃないよ~!」


 腰紐を鞍に結びつけているから振り落とされる事はないのだが、空中回転でルシルが目を回してしまいそうだ。


「ルシルちゃん、婿殿は俺がしっかり支えるから、ほら、鞍の取っ手につかまるといいよ」

「えーい、うっさいわ! ゼロは絶対渡さないんだからね!」

「渡すもなにも、正妻の地位はルシルちゃんにくれてやるから、俺は婿殿の愛人で構わんぞ。なあ婿殿?」


 俺の両脇で物騒な会話が繰り広げられる。


「ちょっと、ゼロもなにか言いなさいよ!」

「婿殿、俺は別に気にはしないからな」


 猛スピードで空を駆け巡るウィブの上でなんの話をしているのだか。


「ええい! もう少しこの風景を楽しんだらどうだお前たち!」

「でも!」

「だって!」


 白龍どもに蹂躙されずに済んだ大地。天の使いから護られた町。広がる山野。


「ほら、この下の小屋から煮炊きする煙が出ている。そろそろ昼時じゃないか? ちょっと下に降りてかまどを貸してもらおう、な?」


 背中でやかましくしている俺たちをほっといて、ウィブが平原を走る鹿を鋭い鉤爪で捕らえた。


「勇者たちよ、昼飯は鹿肉でいいかのう?」

「ああ、そうしよう! な、二人とも! さあ忙しくなるぞ、鹿をさばくのは久しぶりだなあ、あははは」


 俺の乾いた笑いを響かせ、ワイバーンは草原にたたずむ小屋の前に降り立つ。


「話し合いはご飯の後ね」

「ああ、そうしよう」


 俺に続いてウィブの背から降りた女性陣も休戦して食事の支度を始める。

 俺は小屋の扉を叩く。


 空はどこまでも青く、高かった。澄み切った空気は、俺たちの心の中を映しているかのようだ。


「はーい、どなた?」

「俺は勇者ゼロ。少しかまどの火を借りたいんだが」


 扉を開けた少女に俺は丁寧な挨拶をして要件を申し出た。

 快諾をもらった俺たちは小屋の中に入る。


「ウィブ、ちょっと待っててな。鹿をさばいたら一番美味い所を持ってくるから」

「おう、楽しみにしているからのう」


 ウィブは後ろ脚の鉤爪に付いた鹿の血を舐めながらにやりと笑った。

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