百年は待てない
ガウスがドラゴンの頭から抜けだし、少女の身体に戻る。残ったドラゴンの肉体を練り直し、再成形を繰り返して小さいながらも一頭のドラゴンを造りだした。
そのドラゴンの胸辺りにセシリアの顔。少し下がって腹の辺りからウィブの首が飛び出している。
「さてと、アタクシはこれで失礼させてもらうよ」
ガウスがセシリアたちを取り込んだドラゴンの背にまたがると、ドラゴンは大きく首を回して吠えた。
「千匹いたドラゴンも最後の一体分になっちゃったねえ。よくぞここまで削ってくれたものだよ」
「そんな事はどうでもいい。セシリアとウィブを放せ」
「クフフッ」
ガウスは手の甲を口に当てて満足そうな視線を俺に投げる。
裸の少女がキメラの背に乗ってこっちを見下ろしている姿は幻想的とも取れるのかもしれないが、俺の胸の奥は黒い渦でもやもやとしていた。
「どうやらこれが一番効果的だったみたいだね。アタクシが強くなる事が最強だと思っていたのに、そうじゃなかった。でも、ミッションクリアにはなるかな? ディフェンスとしては痛み分けでも生き延びる事ができたっていうのは、まあ次のシナリオにつながるよね」
「ガウス、お前は遊び感覚なのだろうが、俺たちはこの世界で真剣に生きているんだ」
俺は歯を噛みしめながらガウスをにらむ。
「そう! その表情!! それが欲しかったんだよねぇ!」
図らずも俺が真剣になればなるほど、ガウスを喜ばせる事になる。
「ゼロ、ここは退く?」
「いや……」
逃がしたくはない。退きたくもない。
今ここで奴を仕留めたい。
「ほらぁ、バイラマの皮を被ったお嬢さんもこう言っているじゃない? アタクシも今は疲れたし素材集めもし直さなきゃならないからさ、こっち時間であと百年くらいは大人しくしておいてあげるから」
「馬鹿を言え。俺たちは千年の時を超えてきたが、あと百年お前を倒すために生きていくのはごめんだ」
「はっ! こんなになっても威勢だけは一人前だねっ!!」
ガウスがドラゴンの首を軽く叩く。ドラゴンはそれに反応して大きく口を開き、俺たちにブレスを吹いた。
「ぐっ!」
「ああっ!!」
襲いかかる猛吹雪を剣で受け流すが、切り裂かれた吹雪が俺とルシルを遅う。
かわしきれなかった氷の刃が身体に無数の傷を付ける。
「おやおや~? こんなドラゴンブレスごときで負傷とは、いったいどうしちゃったのかなぁ、勇者たちはさ!?」
ガウスが嵩にかかってドラゴンをけしかけ、その都度ドラゴンがブレスを放つ。
「どうするのゼロ!? このままじゃ」
俺たちの体力もどんどん削られていく。
「おい、婿殿」
吹雪の中から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「セシ……リア」
「なんて顔をしているんだい婿殿」
「セシリア、お前を取り込まれてしまった」
「ああ。それは俺自身のミスだ。婿殿が気に病む必要はないぞ」
うっすらと目を開けているセシリアの顔が見える。
「俺としてもレイヌール勇王国の警備隊長だ。命の使い方くらいはわきまえている」
「セシリア」
「民のため、そして未来の子供たちのためにも、負ける訳にはいかないんだよ婿殿」
ドラゴンの身体に取り込まれて息も荒くあえぐように言葉を紡ぎ出すセシリア。
「グロロロロ……儂もこの嬢ちゃんに賛成だのう勇者よ」
「ウィブ……」
ウィブもワイバーンの首をひねって視線を俺に向けた。
「俺たちごと斬れ、婿殿。それでこの戦、勝てるのだ!」
セシリアが叫ぶ。
「いやいや勇者ゼロはそんな事しないよなあ? アタクシとは違って仲間を、友人を犠牲にしてまで勝負に勝とうとは思わないよな?」
「ガウス……」
「知っているさ、アタクシがここでキレて捕虜を殺してしまうとかね、そんな自爆みたいな事はしないさ。話は盛り上がるかもしれないけど、それじゃあアタクシが撤退できないからねえ」
「かと言って俺が手を下せないと……そう思っているんだな」
「その通り」
ガウスは大袈裟に両手を挙げて肯定する。
「できやしないさ」
ガウスの言葉に、俺はセシリアとウィブの目を見て心を決めた。