人形の千切り
両腕を失ったガウスは事の様子が理解できないのか、ぽかんとしている。
「なるーほどね、解呪で解除できない物理攻撃かー。攻撃耐性はかなりのレベル積んでいたのに、それでも一撃でこれとはね」
ガウスが自分の傷口をしげしげと眺めた。
「ねえゼロ……」
「ああ。違和感、だな」
「うん。あの傷口から血が出てないよ」
ルシルが俺に耳打ちする通り、ガウスの腕からは一滴も血がこぼれていない。
「他の連中は血が出るのにな、こいつだけおかしい……」
俺たちの会話はほんの小さな声だったが、ガウスには聞こえていたようだ。
「そうか、お前らは知らないだろうけど、アバターは生命体じゃないんだよ。魔力の満ちた風船みたいな感じかな」
「だ、だが、それならバイラマやオウルたちだってお前と同じ異世界の住人だろう」
「そうだね、よく知っているね勇者ゼロ。彼らはマスター権限でこの世界に受肉した存在なんだよ。でもアタクシは後発プレイヤーだからね、そんなリッチな素材は使えなかった。だからリアルマネーで買ったデフォルトボディにいくらアタッチメントをオプションで付けようとも、身体は人形みたいなままなのさ」
「人形……」
ガウスはだらんと腕を下げる。
「そう、だからこんな事もできる。誘引結着!」
ガウスが呪文を唱えると、落ちていた腕がふわりと浮き上がり、ガウスの上にくっついた。
「な……」
それこそ引き寄せられるように切り落とした腕がガウスにくっつき、切られる前と同様に動かし始める。
「うん、体内魔力の循環ができれば、ほれこの通り。結局アバターはバーチャルだからね、こうやって自然界の法則に逆らうような事だって、プレイヤー権限でできちゃうのさ!」
両腕を広げて動かしても、まったく動きにおかしい所はない。
治癒でもなく、生やした訳でもなく、本当に糊でくっつけた木偶人形みたいな。
「だからアタクシを倒そうなんて、絶対無理! 無理なのよ!」
どこか不自然な自信はここにあったのか。
「なあルシル、俺たちなら判ると思うが」
「そうね、結構苦労したもの」
「そうだよな」
俺はルシルと目配せをする。
「なあに? 二人はなにかを知っているみたいだけど、アタクシを倒せるって事かしら?」
「さあな。だが、俺たちは思念体で活動をしていた時期がある」
剣を構え直してガウスの正面に立つ。ルシルがそれの背中に手を当てて魔力を注ぎ込んでくれている。
「思念で形を維持するのは大変だって事だよ! 食らえっ! SSランクスキル発動、旋回横連斬! 千切りにしてやる!!」
俺が高速で回転すると剣がガウスの身体を何度も横切っていく。その都度ガウスの身体は切り裂かれ、パイ生地のように薄い層を重ねた状態になる。
「ばふびゃっ!!」
「叫び声を上げられるのも、まだ形が残っている間だけだぜ!」
全身くまなく切り刻んだ俺は、不思議な力で部品を吸い付けているガウスの身体に蹴りを入れた。
「はびゃぁ!!」
仰向けに倒れたガウスのところどころが欠けている。全ての部品を吸着させる想像力は今のガウスに備わっているとは思えない。
「さあ、その形をいつまで維持できるか、楽しみだな」
部分的には切られた場所がくっつき始めたが、それでも大部分は切れ目が入ったまま。
俺の後ろから銀枝の杖をかざしたルシルが立っている。その宝玉の一つから、赤々とした炎が噴き出していた。