空にいる奴が地に潜るから
天界の連中がどう侵攻してくるかは判らない。だが俺たちは生き延びるためにできる事を。
「このまま撤退してくれればよし、攻めに来たとしてもこの地下迷宮が相手になってやるからな、お前たち安心しろよ」
俺はメイとホイトに話しかける。
「うん」
「ふん」
二人の反応は対照的だが、それでも防衛には協力せざるをえない。
「いつ来るか判らない相手だ、そう気を張っていたらいざという時にいい戦いができないぞ」
俺は簡易的に作ったソファーに座る。
ここは地下最深部の居室。土で作り上げた椅子にアラク姐さんが蜘蛛の糸を使った織物を作ってくれた。保温保湿の効果があってメイに好評だ。
「そうだよ子供たち、アラク姐さんが地面に住んでいる竜を捕まえてきたからさ、ご飯にしよう!」
アラク姐さんは蜘蛛の巣でぐるぐる巻きにした塊を持ってくる。
「竜? それは凄いな」
「でしょう!」
でもアラク姐さんが持ってきた塊はホイトよりも小さい。
竜にしてはこの大きさだとベビードラゴンクラスか。
「それでも竜を捕まえるなんて……」
俺は糸を切り裂いて中身を取り出す。
「ね? 立派なクレイドラゴンでしょ?」
アラク姐さんは誇らしげに腕を組んでいた。
「なあアラク姐さん」
「なんだねゼロちゃん」
「これ、竜じゃないよ」
「え!?」
俺は引っ張り出した塊を両手で広げてみせる。
「これ、土竜だよ」
「んー、土の竜だから、クレイドラゴンじゃないの?」
「あー」
俺は共通語の授業をアラク姐さんに始めた。
「へぇ! そうなんだ! いやぁずっと森の中とか山の中で暮らしていると、そういう知識を得られる機会がなくってねえ」
「少しでも役に立てたら嬉しいよ」
「うんうん!」
アラク姐さんは力強く俺に抱きつく。蜘蛛の脚が俺の背中に突き刺さってなかなかにして痛いが、アラク姐さんにしてみれば想いを精一杯伝えようとしているのだろう。肉感的な身体に抱きつかれている事は、まあそれはそれとして。
「う~ん、やっぱりゼロちゃんはいい味するなあ」
「あ……」
アラク姐さんは指や足で味を感じるらしい。
そう考えると全身なめまわされているようなものだ。
「ちょ、ちょっと離れてくれ……」
「ええ~、もう少し、もう少しぃ~」
アラク姐さんが俺に身体を押し付けてスリスリする。
それが蜘蛛の脚から生える毛がチクチクして変な感じだ。
カラカラ……。
「おや?」
俺にしがみついていたアラク姐さんが反応する。
「どうやら侵入者が来たみたいだね」
鳴子の音は徐々に増えていく。
「対象が移動しているのもそうだが、複数箇所から押し寄せてきているぞ」
「同時に鳴り始めたものね」
「ああ」
奴らは複数に別れた地下道を全て制圧する勢いで侵攻してきたのだろう。
「仕掛けの糸は気付かれていないかな」
「アラク姐さんの糸に張り替えたのよ? 粘着をなくして極細にしたの。でも強度は保っているから切れにくいし、そう簡単に見つからないわ」
これまた自信ありげにアラク姐さんが説明する。
「罠が確実に作動しているとしても、この最深部には押し寄せてきそうだな」
「そうね」
アラク姐さんがメイたちをかばうように腕を回してくれた。
そうしてくれれば俺は自分の作業にだけ集中できるというものだ。
カラカラ……。
音の鳴る仕掛けが侵入者の位置を教えてくれる。
もう間もなくだ。目の前の通路に白い影がうっすらと見え始めた。