死なない罠の地下迷宮
アラク姐さんが合流し、俺たちは四人になった。
「アラク姐さんって、蜘蛛なの?」
メイは子供の好奇心が求めるまま、アラク姐さんに質問を投げつける。
「そうだよメイちゃん。メイちゃんは人間だろう?」
「うん」
「それとおんなじ。生まれもってそうなっていたってだけで、それ以上でも以下でもないのさ」
「ふーん。でもアラク姐さんはあんまり蜘蛛っぽくないよね? 身体は人間と一緒だし」
脱皮を繰り返したアラクネの姿がこれだ。人間の女性の身体、それに背中から生えている蜘蛛の脚が四本。
「前はねぇ、アラク姐さんももっと蜘蛛っぽかったんだよう」
「へぇ、どんな?」
「上半身が人間の女でね、腰から下がおっきな蜘蛛だったんだ!」
「えーっ!? メイ、想像つかないよー」
「でしょ~」
なぜかアラク姐さんは楽しそうに自分の身体について話す。
「脱皮して姿が変わるのをね、変態って言うんだよ!」
「え~、変態!?」
「そ。でも、性的に変だとか趣味が変っていう変態じゃなくてね、イモムシがさなぎになってから蝶に変わるのを変態って言うんだよ」
「へぇ!」
「アラク姐さんもそれとおんなじ。面白いでしょ?」
「うん!!」
どうやらメイはアラク姐さんに懐いたようで、もう怖がったりはしていない。
ホイトはそんな女子たちの会話に加わらず、黙々と罠作りに励んでいた。
「ホイト、そこの落とし穴にこの板を被せておいてくれ」
「判った。でもボクはお前の事を許している訳じゃないんだからな」
「それは判っている。天界の連中が引き上げたら相手してやるから」
「きっとだぞ!」
俺を仇として命を狙うホイトだが、それでも問答無用で襲ってくる天界の連中と比べればまだ俺の方が話もできるし、理解もできるのだろう。
地下迷宮の罠が至る所に配置できたのも、ホイトたちの協力があっての事だ。
「でも勇者ゼロ」
ホイトは作業をしながら話しかける。
「こんな罠じゃ天界の連中は殺せないぞ?」
「ホイト、いいか」
俺は穴を掘る作業を止めてホイトに向き合う。
「俺は別に敵を殺そうとしている訳じゃないんだ」
「なぜ?」
「基本的に敵を無力化するための罠として設置しているつもりなんだよな」
「でもこの落とし穴は槍が突き出していて、落ちたら大怪我するだろ?」
「まあ、刺さった所が悪かったら命に関わるかもな。でも槍と言っても実は簡単に崩れるようにしているんだよ」
俺は落とし穴に刺していた槍を一本抜いて軽く握る。
槍はグズグズと崩れて土になってしまった。
「な? 柔らかく作っているんだよ」
「なんでそんな無駄な」
「そうか? 面倒くさいと思わせることができればそれでいいと思うんだけどな。仮に死者が出たとすると、敵もムキになってこの地下迷宮を攻略しようと思うかも知れない」
俺は壁に張り巡らせた糸を軽く引っ張る。
通路の奥から板がカチャカチャ鳴る音が聞こえた。
「アラク姐さんが掛かったみたいに拘束する罠は多い。それに驚かせるような落とし穴も。こういうのがいくつもあると、じゃあ次はもっと危ない罠があるかもしれない、今はたまたま死なない程度の罠だったけど、って思うんじゃないかな」
「それだとゆるい罠だから簡単に進めると思ったりするんじゃないのか?」
「そう、その通りだよ。でも、どちらにしても俺たちが逃げる時間は稼げる」
「逃げるのかよ!?」
ホイトが食ってかかるのを俺はうなずいて返す。
「天界の奴らとは戦わない。白龍たちはこの洞窟の大きさだと入ってこられない。そうなるとホイトみたいな奴らか、蜥蜴人間みたいな連中が来るだろう」
「そうだよきっと。そいつらが来たらどうするんだよ!」
「調査に行った斥候が戻ってこなければ事故か敵の存在を想像するだろう。だが、少数でこの迷宮を攻略しようとは思わないだろう」
「なぜ?」
「援軍を呼ぶはずだ。広いしあちこちに面倒な罠がある。ある程度の大部隊でなければしらみつぶしにはできない」
ホイトが不思議そうに俺を見る。
「なんで援軍を呼ぶのさ。少ない人数で攻略すればいいじゃないか」
「最深部の最後の部屋に俺たちがみんな勢揃いしていれば、それでもいいかもしれないな」
「え、どういう事?」
「少数ではどこですれ違うか判らないって事さ。奴らは人間を全員やっつけたい。でも入り組んだ地下迷宮で俺たちとすれ違ったら、隠し通路で逃げられたら。そう思ったら慎重にならざるをえないだろ?」
俺はもう一度ヒモを引っ張った。
「だから大規模で一斉に攻め込むには、ある程度の部隊を用意する必要があるって事だよ」
俺たちの後ろでカラカラと音が鳴る。
侵入を知らせる仕掛けも十分に配置した。そう、足止めならこれで完璧と言えるだろう。