頼もしい援軍
巨大な地下迷宮になってしまったが、ところどころに呼吸をするための通気孔を付けているため、ある程度光も入ってきている。
そのうすぼんやりとした通路を曲がると、侵入者がいるはずだ。
「ヒモを引っ張った奴はそれなりの大きさだ、慎重にな」
俺の後を付いてきたメイとホイトに、声を潜めて話す。
自分で言ったように俺も慎重に曲がり角からゆっくりと顔を出した。
「あ」
つい声が漏れてしまった。
俺の罠につかまってもがいているのは、人間の身体だが背中から人間とは違う脚が四本生えている姿。
「アラク姐さん」
「や、やあゼロちゃん。こんな所で会うなんて珍しいねえ」
俺の捕獲用ネットに絡まって逆さ吊り状態になっている蜘蛛女だった。
「アラク姐さんこそなにやっているんだよ」
「あ、うん。それよりもこの絡まった糸をほどいておくれでないかい?」
「ああ、そうか判った。ちょっと待ってな」
俺はアラク姐さんを網から解放する。
「こんな姿を見せちまうなんて情けないなあ、蜘蛛として」
「それだけ俺の罠がよくできていたんだと思いたいよ」
「それだよ~、すっごくよく隠されていたから、アラク姐さんだって引っかかっちゃったんだよね~。宙吊りの方が好きなんだけどさ、身動き取れないのはちょっとねぇ」
恥ずかしそうに頭をかくアラク姐さん。
「ねえ牡鹿よ、この……お姉さん? この方は誰?」
メイが俺とアラク姐さんを交互に見る。
人間の身体に昆虫の脚が四本それも背中から生えている異形の姿を見て、少し怯えているようだ。
「この人……人なのか? まあいいや、アラク姐さんだ。蜘蛛女のアラク姐さん」
「蜘蛛女……オジバからそういうのが森にいるっていう話は聞いた事ないけど」
「アラク姐さんはちょっと特殊だからなあ。どうせ、通りがかった所で洞窟が見えて、潜り込んで来ちゃっただけだと思うけど」
俺は横目でアラク姐さんの事を見る。
わざとだろうが俺と目を合わせないアラク姐さんは、ごまかすように笑っていた。
「ま、まあいいじゃないか。いきなり人間たちが一斉にいなくなってさ、そうかと思ったらホワイトドラゴンとかがあちこち飛んでいてさ、ちょっとアラク姐さんもどこかに身を隠そうと思ったんだよ」
「そうしたら適当な穴が見つかったと?」
「そう、できたばっかりでキレイだなあって思ったんだけどさ、まーさかこれをゼロちゃんが使っていたとは思わなかったよ!」
アラク姐さんは雑に俺の背中を叩く。ごまかし方が中途半端な所は相変わらずだな。
「おや、その後ろにいるの……」
アラク姐さんはメイに隠れるようにしていたホイトを見つける。
「白い格好からすると、あんたもホワイトドラゴンたちと関係するのかな? 似たような格好の人を何度か見たけど」
「ああ、こいつは天界の軍から脱走してきた奴でホイトって言うんだ。こいつも天界の連中から逃げている所でさ、一緒に隠れていたんだ。まあこいつにしてみれば俺は師匠の仇になるみたいでな、まだ仲良くはなっていないんだけどさ」
「ふぅん、ゼロちゃんもなかなか面倒な事になっているんだ」
「かもな」
アラク姐さんは上半身をかがめてホイトの顔を覗き込む。
「まあよろしくね、ホイトちゃん!」
ホイトはぷいっとそっぽを向く。
「ありゃ、アラク姐さんも嫌われちゃったかな? それとそっちの女の子は?」
「この子はメイ。森で出会った狩人だ」
「ほ~、小さいのに狩りができるとは立派だねえ」
今度はメイの顔を覗き込むアラク姐さん。
「よろしくね、メイちゃん」
「う、うん。よろしく」
おっかなびっくりしながらも挨拶を交わしてくれたメイに、アラク姐さんは満面の笑みを浮かべた。
「罠にかかっちゃったアラク姐さんが言うのもなんだけどさ、ゼロちゃんはこの洞窟でなにをしようとしていたんだい?」
「俺か? 俺はこの二人が暮らせる環境を作ってやりたくてね」
「へぇ」
「俺自身、ほら」
俺は腕だけを少し半透明にしてアラク姐さんに見せる。
「おや、ゼロちゃんは奇妙な事になっているねえ」
「まあね」
アラク姐さんは俺の手を握ろうとするが、すり抜けてしまう。
「これは面白い。ゼロちゃんいつからこんな身体になったんだい?」
「いつから……そうだなあ」
俺は手で顎をさすりながら考える。
「だいたい千年後、かな」
「ぶはっ!」
アラク姐さんが噴き出す。
「それは面白いねえ! まあこんな身体なんだから訳ありなんだろうけどさ、それにしてもゼロちゃんはアラク姐さんを飽きさせないねえ!」
「そりゃどうも」
肩をすくめる俺と大笑いをするアラク姐さん。
そんな二人をメイとホイトが不思議そうに眺めていた。