師の教えと
白の少年ホイトは憎しみを込めた視線を俺に向ける。小さい身体ながら今にも噛みつきそうな勢いだ。
「ほう、お前はバイラマの弟子だというのか」
「そうだ! ボクはバイラマ様の最後の弟子だっ!」
「なるほど、で?」
俺は腰に下げている剣の柄に手を添える。
いつでも抜刀できるという姿勢を見せてビビらせてやろうという魂胆だ。普通の子供ならこれで引き下がるだろう。
「お、恐れない……ボクはそんな脅しには乗らないぞ……」
ホイトは唇を噛みしめながら一歩、また一歩と前に進む。いい根性だ、こいつの信念は本物だと言っていい。
「ふむ」
俺は剣に添えた手を放す。
「お前どうしたい? 白の少年よ」
俺は構えを解いている。ホイトが攻撃しようとすれば簡単に当たるだろう。
俺がなにもしなければ、だ。
「そんなのわかりきったことだっ! ボクがバイラマ様の仇をとるんだ!」
ホイトはこぶしを握って殴りかかってくる。
「そうか」
俺は身体の物質化を解除して半透明になった。
突っかかってきたホイトは俺をすり抜けて転んでしまう。
「な、なんだこいつっ!?」
転んだまま俺の方を見る。俺の身体は半透明で揺らいでいた。
「確かになんだこいつって感じだな。天界の人間……あ、人間じゃないのかな? まあいいや。天界の者からしても俺の身体は不思議に思えるだろうな」
「い、いや、ボクは聞いた事がある。冥界とつながりがある者で地上界にその姿を置いた者がいると……」
「ほう」
ホイトは俺の事を的確に捉えている。
そういう意味だとオジバもそんな感じだろうな。もうかなり前に死んでいて、思念体だけ地上界に残り、物質化までしていたのだから。
「え……」
驚いていたのはメイだ。俺が感じたように、オジバの事を思っているのだろう。
「そんな魂の残りみたいな奴だとは……バイラマ様を倒した奴が……」
「あー、いやまあ、あの頃はまだ身体があった頃だからな」
「そうするとバイラマ様を倒した後に死んだというのか、勇者ゼロは!? もうボクの仇討ちはできないのか……」
「うーん、説明してもいいけど、理解されるかどうか自信がないなあ」
その後精霊界に行ったり冥界に行ったりして、地上界に戻ってきたらすごい時間が過ぎていて、そこから時をさかのぼって思念体で今の時代に来ている、とか。
「ともかくだ、バイラマがお前になにを教えたのかは知らないが、この世界をなくそうとしていたんだ。だから俺が止めた。バイラマは自分の世界に戻っていったよ」
「そんな事、信じられるものか!」
「まあそうだよなー。でも、お前はなんでそんなにバイラマの事を信奉しているんだ?」
「知れた事、バイラマ様は天界の民に教えを説かれたのだ」
「教え?」
「そうとも!」
起き上がったホイトは鼻高々に言う。
「バイラマ様こそが至高の御方。この世界をお創りたもうた創造神であらせられるぞ!」
「あー」
確かにそんな事は言っていた。プレイヤーがどうとかこうとか。
俺にはよく判らない単語ばかりだったけど、なんとなくこの世界を創った事、そして親父が言っていたけどこの世界が続くという事も。
「じゃあバイラマは天界にも行ったんだ?」
「もちろんだ!」
「天界って、あの浮き島の事だったりするのか?」
「浮き島?」
「ほらあの、国くらいに大きな島が空に浮いている……」
「ああ、あれはただの島だ。地上界のな。天界はそれよりももっと上空の扉を越えた所にあるんだぞ」
「そうなのか、浮き島よりももっと高い所……」
行くにはかなり大変そうだな、天界。
「それで、バイラマは天界でなにを言っていたんだ?」
「ボクたち天界の民に世界の成り立ちと地上界の人間どもの悪行を説かれていたのだ」
「え、もしかしてそれで天界の連中は地上界に押し寄せてきたのか?」
「そうだとも」
「じゃあなぜホイト、お前は脱走なんかしたんだよ」
「そ、それは……」
なんだ急にまごまごしやがって。
「そんな事はお前に関係ないだろ!」
「まあそうだけど。どっちにしても天界の連中はバイラマの言う事を信じてしまったんだな……これは結構厄介な話だ」
天界の者たちが地上界に押し寄せてくる、そのきっかけをバイラマが作ったとしたら、それを止める術はいったい……。
「おいホイト」
「なんだよ」
「お前、バイラマと同じ、プレイヤーだったりするのか?」
きょとん。
ホイトは急に聞かれてまったく理解できない様子だった。
「なんだそのプレなんとかってのは」
「そうか、知らないのならそれでもいい」
「なんだよ、気になるじゃないか! ちゃんと言えよ!」
「いや、いい」
「なんだよ!」
ホイトはプレイヤーではないらしい。親父も言っていた。もうプレイヤーはいないみたいだが、どうなんだろう。どこかに潜んでいたり、天界にプレイヤーがいたりするのか。
「考え始めたらきりがないな」
いずれにせよ、一度は天界に行かないとこの話はまとまらないような気がしてきた。