同行者の正体見たり
森の中に小さな泉があった。
「すごいな、ホイトの言う通りだった……」
俺たちはこんこんと湧き出すキレイな水を眺める。この泉が出発点となって小川ができ、森の中を流れていた。
「ここを知っていたのか、ホイト」
「うん。地形を調べていたから。侵攻作戦のために」
ホイトは得意気な顔だ。
「そ、そうか」
元天界の侵略者な訳だから、現地の知識も入れているのだろう。
そのホイトも今はお尋ね者なのだが。
「メイはここの泉は知らなかったんだよな?」
「メイはオジバに聞いていただけで、こっちの方までは来た事なかったよ。こんなに遠くまで行ったのは初めて」
「それならこれから見るのは初めてばかりになるな」
「そうだね、ちょっとは楽しみかな」
メイは小さく笑う。
オジバと別れて辛いだろうが、感情を抑えているのが判る。
「ねえ牡鹿」
「そろそろその呼び方をやめないか?」
「え、そうなの? メイは牡鹿って呼ぶの好きだけどな~。オジバもそう呼んでいたし」
「そうなんだが、なんとも少しくすぐったい感じがしてな」
「あー!」
メイが嬉しそうに大声を上げた。
「なんだ?」
「そっかぁ、オジバと牡鹿、名前が似ているから言いやすかったんだ!」
「いや、それ名前じゃないだろ! 俺はゼロ! 牡鹿じゃないって!」
「え……」
俺の名を聞いてメイだけじゃない、ホイトも驚いて目を見開く。
「ゼロ……?」
「ああ、そうだよ。俺の名前はゼロだ」
メイは世俗と離れていたから俺の事は知らないと思っていた。
だがこの驚きようからしたら、なにかを知っている……。
「メイ、お前はゼロという名前を知っているのか?」
「え、あ。うん、魔王を倒した勇者だよね、ゼロって」
「そうだな、そんな事もあったか」
「メイは小さかったからあまり覚えていないんだけど、オジバが教えてくれたの。この辺りは魔物が多くて、人間は隠れて住んでいたって」
魔物の出る森か。俺も似たような場所はいくつも潰してきたが、こんな所にも魔物が出没していたのだな。
「オジバは旅の人から聞いたって言っていたけど……それが勇者ゼロ、牡鹿が勇者だったなんて」
「なんだ、意外そうな顔をして」
「ううん」
メイは俺に抱きついてくる。
「こうして外に出られるのも森を自由に歩き回れるのも、勇者が森の魔物を退治してくれたから。魔王を倒してくれたからなんだよね!」
確かにこの辺りならルシルの勢力範囲に入っていたかもしれない。
ルシルが魔王として君臨しなくなれば、魔物たちも散ってしまう。頻繁には現れなくなるのだろう。
「魔王を倒した事で、こんな遠くの森にまで影響があったなんてな」
「うん。ありがとうね勇者牡鹿!」
メイは嬉しそうに俺の腕にしがみついて跳びはねる。
「ゼロ……勇者ゼロ……」
ホイトはまだ驚いた顔で俺を見ていた。
「どうしたホイト。天界にも俺の名が広まっていたりしたか? なんてな」
俺は冗談めかして言ってみるが、ホイトはクスリとも笑わない。
「勇者ゼロ……勇者ゼロ!」
「な、なんだよ急に、大きな声を出して」
「お前が、お前のせいで先生が!」
ホイトは鋭い目つきで俺を見る。十歳くらいの少年ながら、その気迫はたいしたものだ。
「先生?」
「しらばっくれるな! 忘れたとは言わせない! 先生を、創造主たるバイラマ様をその手にかけた極悪人、それが勇者ゼロだ!」
恨みを込めた鋭い視線で俺を指さす少年の姿がそこにあった。