追われるのは終わり
蜥蜴人間が刀をゆっくりと振り回しながら近付いてくる。
「なにしてくれちゃってんだよぉ、人間がよぉ!」
蜥蜴人間が勢いよく刀を振るうと、その剣先が森の木に切れ込みを入れた。
「オレ、折角の獲物だから楽しみたかったんだけどさぁ、それをおめーが身代わりになるってのか、人間?」
切り込みの入った木が音を立てて倒れてくる。
それだけではない。その延長線上にある木もまとめて数本、連鎖して倒れていった。
「あ~あ、とばっちりで森から木がなくなっちゃう所だよなぁ。オレを怒らせると怖いぜぇ!?」
爬虫類の口から赤い舌がチロチロと出てくる。全身が白基調なだけに赤い舌が目立つ。
「あー、なんだ、蜥蜴人間よ」
「なんだぁ人間」
「お前は脱走したホイトを追って地上界にやってきた、と?」
「いや?」
「違うのか?」
あまり表情の読めない爬虫類顔でもよく判る。こいつは俺を馬鹿にしているって。
「不正~解~! オレらは地上界の人間を滅ぼしに来たのよっ! 白龍さんたちだけで潰せりゃよかったんだけど、そうもいかなくてよ~。こうやって地上の人間を細かくプチプチ潰しに行くのはどうせオレらみたいな下っ端の役目なんだよなぁ~」
蜥蜴人間が刀の切っ先を俺に向ける。
「で、も、さぁ~。脱走兵をとらえて付きだしゃあ報奨金ももらえるからな、せめてそれくらい美味しくねーとよ、やってられねーじゃん?」
メイと白の少年は俺の服をぎゅっと握っていた。小刻みに震えながら。
「だからさぁ、どうせなら楽しませて欲しいんだよねぇ~」
剣圧で木をなぎ倒せる程の技量はある。それを見せつけられてしまって、メイたちはすっかり怯えてしまったようだ。
「なんだぁ、だったらちょっと待ってやろうかぁ? その間に逃げて……」
「いやいい」
「ほえ?」
時間の圧縮を使って俺は蜥蜴人間との間合いを一気に詰める。相手が気付かない内に刀を奪い、首に斬りかかった。
「な、おめーなにを……」
「別に。ほら支えないとお前の首、落ちるぞ」
「は、はにゃ!?」
蜥蜴人間の首に横一線の傷が浮かび、そこから血がにじみ出してきている。
「空っぽの脳みそでも首を支えなくちゃいけない事くらい判っているよな?」
「はひゃ……」
俺の指摘で気付いたのか、蜥蜴人間は慌てて首を支えた。
「お、おめーいったい……」
「そうわめくなよ。ただお前が八つ当たりで木にやった事と同じだよ。ただ単にお前の首を大木とかと同じように切ってみただけだ」
「き、切った……」
「ほら、ただでさえ不安定なんだから、しっかり支えて……それと、天界の連中に治癒師がいるといいな。きっと傷をふさいでくれるよ」
「しょ、しょんな~」
「ま、どっちでもいいけど」
俺は奪い取った刀を蜥蜴人間に放り投げて渡す。
「わっ、とっと……あ」
「さすがはトカゲ並みの知能だな」
刀をつかもうとして自分の首から手を放し、刀を空中でつかんだ時には、首がズレて落ちてしまった。
「あーあ、だから言ったのに」
もう俺の声は聞こえない。首を切られた蜥蜴人間は、自分のあふれ出した血の中に倒れた。