木のウロから巣立つ雛
メイはすごい剣幕でオジバに詰め寄る。
「おやおや、オジバの話を聞かれてしまったかえ?」
白々しくそんな事をオジバが言ってもメイは納得はしないだろう。
「いやいや、あれだけ大声出しておいてなあ」
「そうかえ? ひゃっひゃっひゃ!」
悪びれもなくオジバは笑い飛ばす。
「オジバ! メイはここにいるっ! 出て行かないからねっ!」
「メイよ、そう言ってくれるとオジバも嬉しいがなあ、このウロもオジバと同じじゃ。もうところどころ欠け始めておる。お前も判っているじゃろう? 昔よりも崩れた壁の穴が大きくなっておるのを」
「そ、それは……」
そう言われて辺りを見ると、確かに穴がいくつも空いていて、壁もボロボロだ。
メイは理解したくないのだろう。オジバの言う事も頭では理解しているから余計に。
「でも、だったらオジバも一緒に行こうよ! 新しい小屋を見つければいいよ!」
「それはできんのじゃよ。旅の牡鹿には言ったがのう、オジバもほれ、だんだんと身体が透けてきおるのよ」
「身体が……透ける……」
「そうじゃ。オジバはこの木と共に朽ち果てるがさだめ。逆に今までこうしてメイを見守る事ができたのじゃ。それでよい、それでよいのじゃよ」
「オジバ……」
メイはオジバの手を握る。
オジバの手はうっすらと透き通っていて、つかんだメイの手が向こう側に見えた。
「この木が寿命で消える時、オジバもまた消えるのじゃよ」
「嫌だっ! メイはオジバが消えるの許さない!」
「ひゃっひゃっひゃ」
茶化すようなオジバの笑い方だが、メイを想う気持ちと優しさがこもっているように思える。
「おいオジバ、お前はもう精神力で肉体を維持する事も……」
「そうじゃ、もう厳しいのじゃよ。自分の肉体というよりどころが消え失せ、今のオジバを維持し続ける事ができなくなってきたのじゃ。考える力だけではもはやこの世界に留まっている事すら……」
ウロの中、壁となっていた木片が崩れて焚き火の上に落ちた。
乾燥しているのだろう、すぐに木片へ火が点く。
「オジバが支えて支えられていたこの木も、流石に立っている事もできなくなったようじゃのう。ほれ、危ないから外に出るんじゃ」
「オジバ! 嫌だ! メイはオジバと一緒にいる!」
「そうわがままを言うでない。ここが崩れてしまってはメイに怪我をさせてしまう」
「怪我してもいい! ここで死んじゃってもいい! オジバと一緒に!!」
涙をあふれさせてメイがオジバにすがりつく。
「馬鹿者っ!!」
オジバがメイを一喝する。今までにない大きな、そして厳しい声にメイの身体がビクッと反応する。
「オジバ……」
「メイよ」
オジバはメイの肩をつかんで諭すように話しかけた。
「旅の牡鹿がこの森に来たのも運命だったのじゃろうて。オジバの命運が尽きようとしていたこの時に、じゃからのう」
「嫌だ……メイは、オジバと……」
「オジバを想うてくれる気持ちはなによりもありがたい。じゃが、これだけは世のさだめ、命ある者は必ずその生を終えるのじゃ。それはオジバとて同じ」
「うぅ……」
あふれる涙を止めようともしないでメイはオジバの事をずっと見ている。
忘れないように、目に焼き付けようとでもするかのように。
「おい、火が壁にも燃え移ってきたぞ」
俺は消火しようとスキルで氷を生成してぶつけてみるが、一向に火の勢いは治まらない。
「煙を吸うと危ない。木のウロから出るぞ!」
メイの手をつかんでウロから出そうとした。
「でも! オジバも逃げよう! 出よう!」
オジバは首を横に振る。その姿はだんだんと薄く、透明になっていく。
「オジバ!」
「来いっ! お前まで焼けるぞ!」
「うるさいっ! メイは、メイはっ!!」
それでもメイの腰に腕を回し、力尽くで連れ出す。
「オジバっ! やめろっ! オジバーっ!!」
俺の腕の中で暴れまくるメイがウロの入り口や壁に手足をぶつけて切り傷を作ってもまだ暴れる。
「メイ……」
オジバのかすれた声が炎の中から聞こえた。
「婚姻の儀は二人で考えておいとくれ。ひゃっひゃっひゃ……」
木のウロが崩れ炎に包まれる。
オジバの笑い声が木の燃える音に重なり、紛れて、いつしか炎の燃える音だけになった。