死者の魂が居残る訳
オジバの指摘で俺も理解した。
「森の中にいたにしては俺の身なりがキレイすぎる、という事だな」
「ひゃっひゃっひゃ、この深い森にいて頭の天辺からつま先まで汚れていない奴などおりゃせんて」
確かに思念体の俺は服の汚れや身体の疲れ具合などを想像していなかった。
人の多い場所であれば気付かれる事もなかったが、人里離れた森の中だ。少しも汚れていない俺の姿を見て、メイも俺の事をただ者ではないと思ったのだろう。
「そうとしてもオジバ、お前は俺の事を不思議に思わないのか?」
「オジバとて旅の牡鹿を見れば真っ当ならざる者だと解るわい。ほれ、オジバの手を見ぃ」
俺に向かってオジバは手のひらを開いてみせた。
「ふむ? 普通に年老いた者の手だな」
「そうかのう? よぉ~く見てみぃ」
俺はオジバの手に顔を近付ける。
「ん……ん?」
オジバの手は少しだけ透けてその向こうにオジバの顔が見えた。
「こ、これって……」
「牡鹿よ、あんたと同じ……いや、オジバはあんたとは違うかのう」
「お前も、思念体……」
オジバは俺と同じ思念体で、意識的に物質化をできたりする、それだけ強い意思を持った存在。
「その通りじゃよ。オジバはもう大分前に肉体の滅んでしまった魂だけの存在じゃ」
「でもメイとは会話ができるし食事もする……」
「あんたと同じじゃよ」
「だから俺に対する違和感にもすぐ答えが出せたという事か」
「ひゃっひゃっひゃ!」
この笑いは肯定を意味するようだ。
「ならメイは? あの子はどうなんだ」
「メイか。メイは生身の人間じゃよ。あの子はオジバの孫の孫、親はメイが産まれてすぐに魔物に襲われてな」
「独りになった?」
「そうじゃ。オジバはただ見守っていただけじゃがな、メイが赤子のままでは命絶えると思うてこうして形を持つようにしたのじゃよ」
「子孫を思うその強さ、恐れ入ったよ」
オジバはニヤニヤしている。
「じゃがオジバと旅の牡鹿の違いは、あんたはオジバと違って肉体を持っておるね?」
この年寄りはどこまで理解しているのだろうか。
確かに俺の肉体は千年後の未来に存在する。今の時間軸では俺もオジバと同じ霊体みたいなものなのだが。
「まあ、近いといえば近いしそうでないとも言える」
「そうか、あんたも難しい立場にあるのじゃろうのう」
「さてね」
俺は肩をすくめてみせる。
「それで、婚姻の儀というのは無しとしても、そこまで理解してここまでバラした理由としては……」
「察しておるのだろう?」
オジバの考えている事はなんとなく。
「いや、だが俺はそこまで責任を負えないぞ」
「よいのじゃ。オジバはこの木のウロに縛られておる。オジバの肉体が滅んだ場所で、この木は依り代としてオジバの魂をつなぎ止めていたのじゃ」
「だからといってだな」
「自由に動けるあんたに頼みたいのじゃ。このオジバ一生の願いじゃ」
「いやお前もう死んでるんだろ?」
「ひゃっひゃっひゃ!」
オジバは既に死んでいる。魂はこの木に宿っていたからどうにか今までメイと共に暮らす事ができた。
だが……。
「メイはもう一人で狩りもできる。初めての狩りであんたを連れてきた」
オジバがにじり寄ってくる。
「あんたにメイを頼みたい。これは運命の糸が引き寄せた奇跡、メイが旅立つ時なのじゃよ」
俺の手を握るオジバの力は、弱いながらも魂の強さが込められていた。
「ちょっと! なに勝手な事言ってんのよ!」
上の方からメイの声が聞こえて、ベッドから垂れ下がっているシーツを伝ってメイが降りてくる。
「オジバ! メイは旅をしたいって言ったけど、でもここを出て行くつもりはないんだからねっ!!」