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森の少女

 婚姻の儀をいきなり押し付けられた俺は目を白黒させる。


「おいおい、このウサギ汁が……か!?」


 俺の動揺が俺にも判るくらいだ。

 いや、俺もなにを考えているのか。


「だってオジバ、同じ釜の飯を食ったんだよ!? 男女同衾(どうきん)だよ!?」

「いやいや一緒に寝ていないだろうが!」


 思わずメイの勢いに俺も乗ってしまった。


「じゃあ旅の人、あなたはメイと同じ食事をした、したよね!?」

「あ、ああ。それは……食べたけど」


 俺は思念体を物質化させているだけで純粋に食事をとったという訳ではないが、形式としては一緒の飯を食ったという事にはなる。


「じゃあメイと旅の人は夫婦めおとだな!」

「だからどうしてそうなるっ!」


 世間知らずというか無邪気というか、どうしてそんなにも結婚をしたいのか。


「ひゃっひゃっひゃ! メイよ、お前にゃまだ早いわえ」

「オジバ! メイはもう立派なオトナだよっ! ウサギだって一人で狩れるもん!」

「そうじゃのう、このウサギ汁はメイが初めて一人で仕留めて一人で作ったのじゃからな」

「でしょう!?」

「じゃがそれで夫婦めおとはできんのじゃ。婚姻の儀はまだまだやる事がたーっくさんあるのじゃよ」

「えーっ!!」


 メイはふくれっ面になって顔を赤くする。


「もうメイ知らないっ! 寝るっ!!」


 ウロの中にある突起を上手く使ってメイが壁をよじ登っていく。

 上の方には板を渡してあってそこに上ると毛皮を掛けて丸まってしまった。


「メイもこれからいろいろと学ばにゃならん。旅の牡鹿よ」


 オジバは俺に向かって話しかける。


「なんだ?」

「あんたはメイのウサギ汁を食ろうてくれた。ありがたい事じゃ」

「そうか? 旅の者に施しをしてくれた。俺としても助かったよ。長い事空腹だったからな」


 嘘ではない。思念体だから飲食は不要で何日も口に入れていなかったからだ。


「牡鹿よ、あんたは優しいのう」

「別に、俺みたいな行き倒れに世話を焼いてくれただけでもうれしいさ。俺の方こそ礼を言いたい」

「そう言ってくれるとオジバも安心じゃて、ひゃっひゃっひゃ」


 オジバはしわがれた声で怪鳥のように笑う。


「生身の姿を持たぬ意識だけの者なのになあ」


 思念体である俺の背筋が寒くなる。身体があったら身震いして鳥肌が立っただろう。


「お前、俺がただの人間ではないとでも言うのか?」


 動揺を隠しつつ確認を入れる。そこでぼろを出す程間抜けではない。


「ここに入ってきた時から判っておったよ」


 こいつこそ、ただの老人ではないな。

 物質化している状態だから普通の人間と変わらない姿。それを簡単に見破るとは。


「俺がお前の言うような存在かは言わないが、だがなぜそう思った?」

「いいじゃろう旅の牡鹿よ」


 パチンッ!


 中央の焚き火で薪のはぜる音がした。

 それ以外は静寂。息を呑む音まで聞こえてきそうなくらいに静かだ。


「簡単な事よ、あんたはこの森にいた」

「ああ、そうだな。お前の所の娘に連れられてこのウロに来た」

「その前はどこにおった?」

「それは……遠く、遠くの国だ」

「そうじゃろう。どれ、あんたはあんたの姿を見てみるのじゃな」


 オジバは自分の手を広げて自分で見る動作をする。

 俺もそれにならって自分の手を見た。


「なるほどな……」

「じゃろう? ひゃっひゃっひゃ!」

「これは一本とられた」


 俺は深いため息でそれに応える。

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