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森に住む人

 俺はメイの後を付いていってメイの住んでいる小屋へと案内された。


「これが……小屋か?」


 大木のウロに布がかけられている。布をめくるとウロの中には食器や槍などが吊るされていて、真ん中には小さいながらも焚き火が温かい光を放っていた。


「いらっしゃい旅の人。こんな所に珍しいねえ」


 焚き火の奥には一人の老人。歳を取りすぎて性別も判らないくらいのしわくちゃな老人が小さくなって座っていた。


「オジバ! この人ね、森の中で座っていたの!」


 メイは着ていた毛皮を脱いで、ウロの内側にある突起に吊るす。


「ほいなあ、それは珍しい事よのう。ひゃっひゃっひゃ」


 オジバと呼ばれた老人は俺を見て歯の欠けた口を大きく開けながら笑っていた。


「俺もこんな所に人が住んでいるとは思わなかったからな、邪魔なら帰るが」

「ひゃっひゃっひゃ、どうせ帰る所なぞありゃせんだろうて」


 オジバは右目だけ開く。

 濁った瞳は俺を見る事ができるのかは判らないが、一応俺を目で追っているようだ。


「まだ若き牡鹿じゃのう、のうメイよ」

「そうだねオジバ。メイも鹿は大好きだ! いぶせば日持ちもするし、なにより美味い!」

「ひゃっひゃっひゃ、メイは大食いじゃからのう。じゃからって旅の牡鹿は食ろうてはならぬぞえ」

「なんでだオジバ? メイは人を食わないよ?」

「そうじゃろうとも、今は……なぁ。その内メイも年頃になればオスを食う事もあろうて。ひゃっひゃっひゃ」


 この年寄りはいったいなにを言い出すのか。メイは感付いていないようだが、聞いているこっちが恥ずかしくなる会話だ。


「あー、ごほん。俺は森の民に迷惑をかけるつもりはない。俺がいると余計な面倒が起きてしまうからな」

「ほう、何者かに追われているとか、そういった類いの困りごとかえ?」


 メイ以外の話し相手が珍しいらしくオジバはなにかと詮索してくる。


「いや、俺としてはこの辺りの生態系や木々の生育度合いを調べようと思ってな。人と出会うとは思っていなかったが、やはり迷惑」

「ウサギ汁できたよ! 食うか!?」


 いきなり俺の言葉をさえぎってメイがお椀を俺に差し出してきた。

 お椀の中には煮込んだウサギ肉と、骨でダシを取ったらしいスープが入っている。


「お、おう。もらっていいのか?」


 俺の問いにメイは満面の笑みで応えた。

 オジバは楽しそうに笑って俺とメイのやりとりを見ている。


「ひゃっひゃっひゃ、冷めない内に食え、旅の牡鹿よ」

「そうか、ではいただこうかな」


 俺は別に食料を必要としていないが、形だけ食事をとる事はできた。

 木のさじを使ってスープを口にする。


「あ」

「うまいでしょ?」


 メイが言うように、単純な素材の味だけではなく、香草や薬味になる木の実を使ったりして複雑な味を作りだしていた。


「ああ、透明なスープだからただ煮込んだ汁かと思ったが、そうではなさそうだな」

「そうだよ! モギヨの葉とショッコの実を使って、ちょっと香りと刺激を追加したんだ!」

「へぇ」


 少女だが難しい言葉も使う。これはオジバの教育なのかも知れない。


「はふっ、あつ……」


 俺はウサギ肉を頬張る。

 噛むと肉汁が口の中に広がり、自然の素朴な味わいとスープの香りが空腹をじんわりと満たしていく。


「オジバも食べて! メイも食べるから!」

「そうかいそうかい。オジバもいただこうかねえ、ひゃっひゃっひゃ」


 三人はウサギ汁をあっという間に平らげ、暖まった身体を木のウロの内側に寄っかかって一息ついた。


「オジバ、これで婚姻の儀は終わりか!?」


 俺は自分の耳を疑う。

 メイはなにかとんでもない事を口走っていた。

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