塩の村にこんにちは
「塩って生物を構成する重要な素材よね」
このルシルの言葉から俺たちの旅の目的が決まった。
ルシルは三年前に俺が封印した魔王だ。
魔王討伐の時、あまりにも膨大な魔力を持つ魔王に対し俺は魂と魔力の切り離しを図った。
その結果、中心核である魂が分離した事で魔王の魔力は肉体と共に霧散したが、魂を解放してしまってはまた強力な魔力と共に肉体が結集する恐れもあった。
魂を滅ぼすという手もあるのだが俺が精神世界へ転移できずにそれは成し遂げられなかったのだ。
「だからこうしてアリアの肉体に留めているという事なのだがな」
俺の漏れた独り言をルシルが不思議そうに眺めていた。
「どうしたのゼロ、真面目な顔しちゃってさ」
「何でもないよ。ちょっとお前との戦いの事を思い出していてな」
「そっかぁ。あの時は大変だったもんね」
「今俺たちが旅をしているなんて、あの頃は考えられなかったが」
「だね~」
俺たちはシルヴィアの荷馬車に乗ってゾルト村に向かっている。
俺とルシル、シルヴィアとカインの四人の小さな隊商という訳だ。街道はそれほど整備されている訳ではないが道としては機能しているのは、ある程度往来があるということだろうか。
「あの山がゾルト山です。その手前に見える家々がゾルト村、ゾルト山の近くにある唯一の集落です」
シルヴィアが荷台に座っている俺たちに教えてくれる。
隆起してできた山なのだろうが大きな木が見えず多少草が生える程度の荒れ果てた土地が広がっていた。
シルヴィアが商人として目覚めたと言っていたゾルト村。
日差しが強く汗が止めどなく出てくる。塩害に困っているという話を聴いているが、塩だけではなくこの日の強さも影響していないだろうか。
「カインはここ、初めてよね」
御者台に座って馬を操っているシルヴィアが俺たちと一緒に荷馬車にいるカインに話しかける。
「うん。お姉ちゃんがまだ一人で旅をしていた頃だったからボクはまだ来た事がなかったんだ。商会の会長さんに会えるかな?」
「そうね、お久しぶりだからお元気だとよいのだけれど」
俺たちの荷馬車が簡易的な柵で造られた門をくぐる。
「懐かしいです何もかもが。あの頃のまま……」
シルヴィアたちは少し涙ぐんでいたようだった。
町の中央に井戸がありそれをぐるりと回るようにして入り口とは反対にある建物の前で停まる。他の建物に比べて多少大きい建物で、横には馬小屋があって数頭の馬がつながれていた。
「ここが商会の建物です。塩を売って町が成り立っているから商人の影響力が強いのですよ」
「ほう。ただそれでも生活が苦しそうだというのは判るな」
「ええ、作物を売る市や店がないのです。食料と水は全て配給制と聞きました」
シルヴィアが悲しそうな顔を見せる。
そこへ商会の中から小太りの男が出てきた。
「おうおうシルヴィアじゃあないか。これは立派になってなあ!」
男は突き出た腹をさすりながら嬉しそうな笑顔でシルヴィアを迎える。
「エッチョゴ様、ご無沙汰しております」
シルヴィアは荷馬車から降りると深々と挨拶した。俺たちもそれに倣って頭を下げる。
「おつきの方もこの暑い中、遠い道のりさぞやお疲れの事でしょう。先ずは馬車をあちらに停めてそれからこちらへ。商会の中は外よりは幾分涼しいですよ」
シルヴィアが荷馬車を停めてくるとエッチョゴが商会の建物に案内してくれる。
「シルヴィア、この人がお前の恩人か?」
「え、いえ。この方はエッチョゴ様と仰る方で私がこの村に滞在していた頃に副会長をされておられました」
「そうなのか」
俺は先程から感じている耳の奥の痛みから心配が募り始めてきた。