根無し草の想い
冥界の扉が俺のいる地上界から姿を消した。
「そなた、もはやどこへも行く事あたわず。さて、思念体のみの存在でいかにしてこなたと対峙するのか楽しくなってきおったわ」
「バンカ……」
俺の目の前にはどこもかしこも真っ白な男がいるだけ。
「ほれ、もうじき白き破壊者が群れをなしてこの地へ降り立つぞ」
バンカは腕組みをして楽しそうにしている。
その後ろには各地を蹂躙して回った白龍たちの影が見え始めた。
「エイブモズの町を破壊するのに、すごい戦力を持ってきたじゃないか」
「そうか? そなたがいると思えばこれでも不足だろうて」
不足もなにも、思念体の俺ではこいつ一人も勝てるかどうか判らないというのに。
「俺は意識を保っていく事ができるのだろうか……」
一抹の不安がよぎる。
俺の不安をあざ笑うかのように、バンカが勝ち誇ったように俺を見た。
「まあよいわい。これでそなたを討ち滅ぼす事ができるというもの」
「なに?」
「今までは痛み分けであったがな、これからはそうもいかん」
バンカが俺に向かって手を開く。
「神聖術式、浄化!」
バンカが白い光を俺に向かって放つ。
「なっ、俺が、意識……なんだこれはっ!?」
白い光に触れると俺の意識が薄まっていく。自分を自分で認識する事ができなくなってきた。
「もはやそなたは己の肉体とも決別した、ただの魂だけの存在。冥界との絆も絶たれた今、さまよう魂魄と成り果てたのだ」
「俺が……浮遊霊みたいな存在、だと言うのか……」
「そう、確かにそなたの肉体は別にあるやも知れん。だが今ここに存在しているのは思念体のみであれば、それは数多の霊体と同様」
俺が、幽霊と同じ……だと。
「ははっ……」
俺は自分の苦手だった半透明の奴ら、アンデッドの中でも霊体が特に苦手だったが、俺がその存在になってしまっているという事か。
「どうした、気でも触れたか」
「いや……整理してくれた事に礼を言わなくてはならないな」
「ほう」
バンカの手からは白い光が俺に向かって放たれ続け、その勢いが強まるにつれて俺の意識もあやふやな物になっていく。
「ルシルは魂のやりとりでこういった気持ちになっていたんだろうなあ」
「そなたがなにをしようが、なにを思おうが、こなたの浄化でこの世から抹消してくれよう!」
「バンカ、白の使者よ」
俺はゆっくりと目を閉じる。
身体のない姿で、それでも深呼吸を意識した。
「俺は俺。器は未来にとっておいてある。それまでの一時的な状態……そう、夢でも見ているかのように思えばなんともない」
俺の意識、俺の思念。考えれば考える程、俺の身体が濃さを取り戻していく。
「確かに浮遊霊みたいだろうけどな、俺は思念体でも物を動かせたりできたんだ。それだけの強い意志を持っていたんだ!」
俺は強く強く意識する。握りこぶしを作り、力を込めた。
「俺を思念体と侮るなよ」
「なっ!? こなたの浄化を受けて、更に意識を強く保つ……いや、保つどころか強化しているだとっ!?」
一歩一歩進む。俺は目を見開きバンカを見据える。
こぶしを構えて踏み出した足に力を入れた。
「歯ぁ食いしばれぇっ!」
俺は思いっきりバンカの顔を殴る。
「ぷぎゃらっ!!」
バンカの鼻がひしゃげてそこから鼻血が出た。バンカが倒れる動きに合わせて、鼻血が放物線を描いていく。
「ほぎゃっ、ながぁ!?」
俺は両足を踏ん張って立ち、殴った右手を見る。折れた前歯が俺の指に突き刺さっていた。
「おい白いの」
「ぶひゃ……」
尻餅をついて鼻と口から大量に血を出しているバンカを上から見る。
「気の持ちようでお前を殴る事ができた。今一度、な」
こうなれば気持ちで乗り切るだけだ。
俺はそう心に決めた。