最後の避難を助けるのはしんがりの役目
俺の意識がルシルたちの元に戻ってくる。正確には、大元の俺に集中したといった所か。
「どうにか他は全員避難できたぞ」
「すごいねゼロ! 全部の場所でなんて」
「なんとかなった。後はここ、エイブモズの町だけだな」
「うん、ユキネたちが手配してくれてほとんどこっちも終わった……」
ルシルが言葉を止める。
「ほほう、様々な場所で邪魔が入ると思っていたが……そなたらであったか、思念体の」
エイブモズの町に全身どこからどこまでも真っ白な奴がいた。過去にあった事のある姿。
「なっ、お前どこから!?」
「こなたはどこからも関係ないのだよ。行きたい所へ行き、話したい者と話す。それだけの事」
「こ、この町になんの用だ……」
俺は白い奴の前に立ち塞がるようにして視線と意識を俺の方へ向けさせた。
天界の使者。こいつからは危険な匂いがプンプンする。
「別段なんとも。特に用はなかったのだが……今、用事ができたというものだ。こなたはそなたらを見つけてしまったからな」
獲物を見つけた肉食獣のような視線が俺たちを射貫く。
「ルシル、後は頼めるか?」
「うん、任せて。そっちはお願いね」
「ああ」
俺は避難する人たちの事はルシルたちに任せて目の前の白い奴へと集中する。
「それでお前……えっと、なんて言ったっけ?」
「こなたか? いいだろう、こなたの名はバンカと言う。」
「それはそれは。俺はゼロだ」
バンカはニヤニヤ笑いながら首をかしげてコキコキと鳴らす。
「知っていたよ、ゼロ・レイヌール。そなたはかつての勇者と聞く」
俺も奴のニヤニヤ笑いに付き合うように皮肉めいた笑顔を見せた。
「それはどうも。俺の名が天界に広まっていると思うと少し恥ずかしい気もするな」
「気にするな、馬鹿者のたとえに使われる名だ」
少しだけイラッとしたが、だがお喋りをしている事自体には俺としても利点がある。
それだけ時間を引き延ばせているという事だ。
「慣用的に使われるなんて、それであっても名誉な事かもしれないな」
「おやおや、心の広い事だな」
「言ってろ」
互いの皮肉合戦。緊張感のある空間。
どちらがどちらとも、手を出す事を恐れているかのような、そんな時間が過ぎていく。
「バンカと言ったか」
「そうだ思念体のキミよ」
「一つ聞こうじゃないか」
「なんだね、答えられる事であれば相手をしてやってもいいが」
「お前の目的は白龍を足止めした俺への復讐か?」
「ふむ……」
バンカは不思議そうな視線を俺に向ける。
「その考えは面白いな。こなたは白龍がどうとなろうと関知せん。それよりはそなたに興味を持ったという事だろうか」
「俺に、か?」
「うむ」
バンカがそれこそ俺に興味津々で見つめてきた。
「思念体がどこまでこなたをさえぎる事ができるか、とな!」
その時バンカは俺の目の前に滑り込んでくる。一瞬で間合いを詰めてくるその動きに、俺は戦いの身構えすらできなかった。
普通に戦っていれば、だが。
「おっと!」
俺は瞬時に意識を集中させて時間を圧縮させる。
そうする事で相手の動き以上に俺が動けるのだ。
「右手で短剣を繰り出してくる。思念体の俺に対して効力を持つ物とすれば、魔力を帯びた短剣だろう」
俺はバンカの間合いに入ってしまった状況を分析する。
「ここで相手の背後に回る……」
俺からしてみればバンカの攻撃は止まっているようにしか思えないくらいゆっくりだ。
常人の数倍の早さでバンカは動いているのだろうが、それでも思念体の俺からすればゆっくりとした動きにしかならない。
俺がバンカの背後を取る事は造作もないのだ。
「首を切り落とせば……」
俺の意識で具現化したナイフがバンカの背骨を捉える。このまま切り裂けば背骨を断ち切られて立っている事すらできなくなるはず。
「悪いな」
俺の突き立てたナイフがバンカの首へ突き刺さる前に、ナイフが弾かれる。
「なっ……どういう事だ!?」
一瞬理解ができなかった。俺のナイフはバンカの背後から首を襲ったが、首に突き立てる事ができない。
「こなたに物理で勝とうとするとは、哀れすぎて涙を誘うな」
思念体を防御。それしか思えない。
物理的な構築を行える思念体とはいえ、実際に俺の出したナイフも俺が想像した物。想像力を超える事があれば俺の意識は簡単に崩壊する。
「だがな……」
俺は背後を確認した。
「俺の役目は時間稼ぎだ」
「おお……」
バンカが目を丸くする。
「避難は全員、終了しているぜ」
最後にルシルが冥界の扉をくぐる、その姿を俺は見ていた。