商人の出発点
シルヴィアが話すには、岩塩を産出するゾルト山の麓のゾルト村が、存続の危機にさらされているという事だった。
「塩害?」
「はい。岩塩が取れるのはいいのですが、土や水にまで塩分が含まれているとかで作物が育たないらしいのです」
「塩って生物を構成する重要な素材よね」
ルシルの言葉に俺は驚く。そうか、確かに人間も塩が必要だ。
「でもね、塩を多く取りすぎると、草木が枯れてしまったり、そもそも芽が出なかったりしちゃうのよ」
シルヴィアが塩害について説明をしてくれる。
「それではどうやって暮らしているんだ」
「今は近隣との交易で塩を売って食べ物や必需品を買っているようですが、それではどうしても量が足りず」
「そうか、王都周辺では岩塩も金と同じ重さで取り引きされるだろうが、村に近い場所ではそれほど珍しくもないだろうし、そうなれば価値も高くないという事だな」
シルヴィアがうなずく。俺は温泉に入りながら考えを巡らせて一つの案が浮かんだ。
「どうだろう、この湯船を使っては」
「え、どういう事、ゼロ?」
ルシルが不思議そうな顔を俺に向ける。
「俺たちが浸かっている温泉は、お湯が流れ出さないように煉瓦や焼き固めた土で水を守っている。この水を塩分を抜いた土に置き換えれば他の土からの塩も入ってこないのではないかな」
「なるほどねー、でも水はどうするの? 水もしょっぱいんでしょ」
「そうだなあ、いくつか考えはあるが常に魔法で供給するなんていうのはできないから、行ってみて考えるか」
俺の言葉を聴いてシルヴィアは嬉しそうに俺を見る。ルシルは目を輝かせて旅の事を考えているようだ。
「シルヴィアはゾルト村に縁があるのか」
「ええ、私が商人になろうと決めた村なのです。ゾルト村の商会には随分お世話になりましたから」
「それなら恩返しができるかもしれないな。今でも何度か行ったりしているのか?」
「いいえ。村を出てからはまだ一度も戻ってはいないのです。この岩塩も多くの商人の手を渡って届いた物ですから」
「それだとかなり高い買い物だったのだろう」
「それほどでも。皆さんに喜んでいただけたらそれだけで十分お釣りがきますわ」
シルヴィアが笑う。さざ波のような軽やかな笑い声に俺も心が和んでいくような気がした。
「よし、そうと決まれば立派な商人になったところを見せてやらなければな」
俺は気前よく湯船から立ち上がると颯爽と歩き出す。
「わっぷ、急に立たないでよゼロ!」
俺が立ったことで大波を被って湯船にひっくり返ったルシルが文句を言うも俺はそれを無視して風呂上がり用のガウンを羽織る。
「ほらさっさとしないと置いていくぞ」
「ってもう行くの!? 速すぎでしょそれ!」
慌ててルシルも風呂から上がった。
「またそのうちゆっくりしようじゃないか」
「そのうちじゃいつだか判らないじゃない。いつか決めようよ!」
「そうだなあ、じゃあこのゾルト村の事が片付いたらゆっくりしよう。ゾルト山で観光がてら、な」
「うん、それならいいかも。それにゾルト村に行くまでが遠足みたいなものみたいだし!」
すぐにルシルの機嫌がよくなったのを見て俺は肩をすくめた。今の俺たちはこうやってじゃれ合う事が日常になっていたが、少しもどかしく、焦る気持ちもある。俺は一つゾルト村で確認したいものがあった。
「岩塩だからな、人間の生成には必要な成分だ」
「やっぱりゼロもそう思ったんだね」
俺とルシルは一瞬だけ真剣な眼差しになった。